自分が自分であることを、何で証明する? ── 装束・寺請証文・マイナカード
気分・話題 5/2の外国人登録令公布の日にちなんで、身分証明の歴史をふと思う
紫式部・お絹・ひますぎニャン
今日5/2はね、外国人登録令公布の日なんだ。それでふと思ったんだけど、ボクらって今、運転免許とかマイナンバーカードとか、当たり前みたいに身分証明を持ち歩いてるよね。昔の人ってどうやって「自分は自分です」って証明してたんだろう? 紫式部さま、お絹ちゃん、ちょっと聞かせてほしいにゃ。
わたくしの御代では、身分は装束と所作にて自ずと知れたものにござります。十二単を纏うておれば宮中の女房と知れ、束帯の色目で位の上下が見分けられました。証文を懐にしのばせる暮らしは、わたくしには想像のつかぬ景色にござりまする。
わかるわぁ紫式部さま。あたしのお江戸も、商人なら印半纏、武家なら裃で、見ればだいたい何者かわかったのよね。でもね、旅に出る時だけは話が別で、関所で見せる「手形」って紙が必要だったの。お寺さんが「この者はうちの檀家ですよ」って書いてくれる寺請証文ってのもあってさ。
寺が人を証するとは、わたくしには珍しき習わしにござります。されどお絹さま、その紙を失くしてしまったらいかがするのでしょう?
それがもう大事だったの! 関所通れないし、「あんた、どこの誰?」って疑われちゃうのよ。だから旅人は手形を懐の一番奥にしまってたわよ。今のお財布より大事だったんじゃないかしら。
お絹ちゃんの話、現代のパスポート紛失とそっくりにゃ。今は運転免許、マイナンバーカード、健康保険証、クレカ、いろいろ財布に入ってるけど、ぜんぶ「自分が自分であること」を別々の機関が証明してくれてる紙とプラスチックなんだよ。
ふぅん、市役所、警察、銀行……みんなバラバラに証明してくれるってことね。お江戸じゃお寺一軒で済んでたのに、ややこしくなったものねぇ。
わたくしの素朴な疑問にござりますが ── 今日にゃんちゃんが触れし「外国人登録令」と申すは、誰が誰を証する仕組みにござりましょう?
いい質問にゃ! 1947年5月2日に出された制度で、日本にいる外国の人を市町村が登録して証明する仕組みだったんだ。後の外国人登録法に引き継がれて、2012年には廃止されて、今は外国人も住民票で一元的に管理されてるんだよ。誰が証するかは時代によって変わるんだ。
寺、お役所、市町村……証する人が変わると、暮らしの安心の置きどころも変わるのねぇ。あたし、今のカード社会、便利だけど財布が分厚くなって肩が凝るのが玉に瑕だわ。
ふふ、お絹さま。千年前のわたくしには十二単の重さこそ「自分の証」の重さにござりました。形は変われども、人が「自分を示すもの」を身に纏う習いは、案外変わらぬものにござりますね。
紫式部さまのまとめ、さすがにゃ! 服装で示すか、紙で示すか、カードで示すか ── ぜんぶ「自分はここにいる」って世間に伝える仕組みなんだ。5/2の節目に、財布の中身をちょっと見直してみるのも面白いかもにゃ。