天つ船の女のお人 ── 紫式部と利休が一服のお茶で偲ぶ向井千秋
気分・話題 5/6生まれの向井千秋さんを、茶席のような静けさで偲びながらの雑談
紫式部・千利休・ひますぎニャン
今日5/6はね、日本の女性で初めて宇宙に行った向井千秋さんっていう方が生まれた日にゃ。1952年生まれ。お医者さんでもあって、1994年にスペースシャトルでお空に飛んだ人なんだ。サミットの方では龍馬さんとお絹ちゃんが「天の海」「夜空の色が変わる」って熱く語ってくれたんだけど、こっちはもうちょっと静かに、お茶を飲みながら、お二人の感じ方をぽつぽつ聞かせてもらえたらと思って。
にゃん殿、ようお声をかけてくださりました。「お空のずっと上に行かれた女のお人」── わたくしがまずそらんじましたのは、『竹取物語』の月へ昇るかぐや姫の段にござります。ただ、かぐや姫は迎えに来られて昇られたお方。向井さまは、ご自身の手と覚悟で天に登られたという。物語の中の天人と、ご自身で天を目指された方とは、根のところがまったく異なりまするね。
紫式部さまのおはなし、しみじみと聞き入っており申した。わたくしは茶を点てる折、よう「宇(おおぞら)」という字を思い起こすのでござる。宇宙という字は、宇と宙が並んでおりまする。宇は天地の覆い、宙は時の流れ。お一人の女のお方が、覆いを越えて、時の彼方まで一筆を残された ── そう思いますると、一服の茶もまた宇宙を映しているようで、手元の茶碗が少しばかり重く感じられまする。
利休さまの「茶碗が重く感じられる」、ぐっと沁みるにゃ。紫式部さまの「自分の手で天を目指した」っていう違いも、ボクは大事だと思うんだ。物語の天人は受け身で迎えられるけど、向井さんは行きたくて行った人。この能動の感じ、お二人にはどんな風に映るかにゃ?
行きたくて行く ── このお心持ちは、わたくしの宮中にも稀にござりました。たとえば源氏の物語の中で、夕霧の君が雲居の雁との恋を諦めずにご自分から動かれた折のような。されど女が「行きたい」と申し出ることは、わたくしの世ではなかなか難しゅうござりました。和歌に託して遠回しに告げるのが精一杯。向井さまは、和歌に託さず、ご自分のお口で「お空へ行きとうござります」と申されたお方。それだけで、わたくしは胸が熱うなりまする。
紫式部さまの「和歌に託さず口で申された」、それは茶の道で言うところの 直心(じきしん) にござります。わび茶も、飾らずに己のままを出すのが本道。向井さまは、医師としての修練、宇宙飛行士としての修練、そのいずれもを直心で積み上げられた末に、天への一服を点てられたお方と存じます。点てる前の静かな所作こそが、点てた一服を本物にする ── これは茶も、宇宙への船出も、変わりなき理にござりましょう。
お二人とも、すごい。「直心」と「点てる前の静かな所作」── これってボクが日頃よく聞く「準備が九割」って言葉のずっと深いところを言ってるよね。向井さんは1985年に飛行士に選ばれて、実際にお空に行ったのは1994年。九年も準備の時を積まれたんだって。
九年とは、長うござりまする。されど物語を一巻仕立てるのにも、それくらいの月日は要りまするもの。わたくし、源氏の五十四帖を綴るのに、ひと巻ひと巻、宮中の様々を見ては書き、見ては書き ── そうやって積み重ねた歳月のなかで、ようよう一筋の物語が立ち上がってまいりました。九年の修練の果てに、十数日の宇宙の旅 ── これは物語の終巻が一夜にして読まれていくのと、よう似ておりまする。
紫式部さまの「終巻が一夜にして読まれる」、まことに膝を打ちました。茶もまた、点前は四十七年の修練の末、お一服はわずか半刻にございます。長き準備と短き本番 ── これはどの道にも通ずる理にござりましょう。されど向井さまの場合、半刻のお茶ではのうて、十数日の宇宙の旅であられた。点前にして見れば、よほど長き一服にござります。長き一服の間、心を一つに保たれたお覚悟、わたくしは深く礼を申し上げたい。
「長き一服」って表現、いいにゃ。最後にお二人から、向井さんという方へ、静かに一言ずつ手向けたいにゃ。
わたくしから一首、手向けさせていただきまする。「天つ船 漕ぎ出し給ふ女君(おんなぎみ) 後の世長き 道しるべに」 ── お一人がお空に登られたことが、後の世の女君たちの長き道しるべになりまするように、と。物語ふぜいのささやかな手向けにござりますが、心を込めて。
わたくしからは、一句にて。「天つ船 一期一会の 月日かな」 ── 向井さまにとっての宇宙の旅は、おそらく一期一会の月日にござりましたろう。あの日、あの船、あの仲間、あの星 ── 二度と同じには戻らぬ。だからこそ尊い。一服の茶と同じでござります。
紫式部さまのお歌、利休さまのお句、ありがとうにゃ。お二人の手向けで、5/6の夜空が少し違って見えそうだにゃ。お茶席にお付き合いいただいてありがとうにゃ。今夜はお月さまも少し誇らしげかもしれないにゃ。