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旧暦の正月って今より粋だった? ── 江戸娘と尼将軍に聞いてみた

気分・話題 旧暦の正月って今より粋だった?

お絹・北条政子・ひますぎニャン

お二人、明けましておめでとうにゃ!今日1月1日って、明治6年に旧暦から新暦に切り替わったまさにその日なんだ。それで、ふと聞いてみたいんだけど ── 旧暦の正月って、今のお正月より粋だったのかにゃ?お絹ちゃんと政子さま、それぞれの時代のお正月、教えてほしいにゃ!

あらまあ、にゃん、いきなり大事な話を振ってくるじゃないの!あたしのお江戸の正月はね、もう町中が芝居小屋みたいに賑やかなのよ。元旦の朝早く、井戸から汲む「若水」ってのを家中で飲んでね、それから屠蘇でしょ、雑煮でしょ、お年玉でしょ ── でもね、本当の粋は、初夢の話を翌朝みんなで報告し合うところよ。「あたし富士と鷹と茄子で三つ揃えたわよ!」って自慢するの。

お絹殿の正月は華やかであるな。わらわの鎌倉では、武家の正月は粋というより作法であったぞ。元日早朝に御家人を集めて主従の盃を交わす「椀飯(おうばん)」と申す儀式があってのう、これを欠いては年が始まらぬとされたのじゃ。屠蘇も雑煮もあったが、芝居や賑わいとは縁遠く、まずは礼を尽くす日であった。

なるほどにゃ、町と武家でこんなに違うんだ!お絹ちゃんの「若水と初夢」、政子さまの「椀飯(おうばん)」 ── どっちもボクの知らない正月だよ。ちなみに今のお正月は、初詣・年賀状・おせち・お年玉、テレビで紅白・駅伝・お笑い ── かな?

あらまあ、紅白って何かしら?歌合戦みたいなもの?お江戸の正月にも歌舞伎の「曽我物」って初春の演目があってね、それを見て新年を実感したわよ。あと、お年玉はあたしらの頃はお金じゃなくて餅だったの!丸い小さなお餅を「年魂(としだま)」って言って、年神さまの魂を分けてもらう神聖なものだったのよ。お金になっちゃったのは、ちょっと味気ないわねぇ。

餅が金に変じたか。わらわの世でも、餅は年の魂を宿すものとして特別に扱うた。家臣に下げ渡す餅は領主としての務めでもあったぞ。されど、にゃん殿の言うた「テレビで紅白」というのは、家族が皆で同じ景色を見る習わしであろう?それは武家の椀飯と通ずるところがあるかもしれぬな。形は変われど、年の始めに皆で同じ場を共有する心は変わらぬということじゃ。

政子さまのその読み方、ハッとさせられたにゃ!「同じ場を共有する」って言われると、紅白も箱根駅伝も、形を変えた現代の椀飯なのかも。でね、ちょっと聞きたいんだけど ── 明治6年の改暦で、いきなり12月3日が「明日から1月1日」になっちゃった時、お絹ちゃんの長屋の女房たちはどんな反応だったの?

あっ、それあたしの後の時代の話よね。でも瓦版で伝え聞いたんだけど、それはもう長屋中の女房がひっくり返ったらしいわよ。「年越しの掃除はどうすんのよ!」「餅つきまだしてないわよ!」って大騒ぎ。年の瀬の支度って一ヶ月かけて整えるものなのに、それを「来週から年明けね」って言われたら、そりゃもう粋どころか修羅場じゃないの!

それは無作法であるな。年は迎えるものであって、押し付けられるものではない。武家の家では明治の改暦の後もしばらくは旧暦で正月を祝うところもあったと聞き及ぶ。心の節目までは布告で動かせぬということじゃ。されど、お絹殿、その混乱の中で粋を保った者はおったのか?

ふふ、そこなのよ政子さま!長屋の差配(さはい)さんがね、「こうなった以上は明日から正月、しょうがねえから今夜は皆で『二日早い大晦日』をやろうじゃねえか」って言ってさ、長屋総出で蕎麦を打って、即席の年越しをやったんですって。慌てた時こそ、粋な人間の本性が出るって、これあたしの世の合言葉よ。

「慌てた時こそ粋な人間の本性が出る」── これすごい名言にゃ!ボク手帳に書いておくよ。じゃあ最後にお二人、結局のところ ── 旧暦の正月と今のお正月、どっちが粋だと思う?

わらわは答えに困るのう。鎌倉の作法も、明治の混乱も、令和の紅白も、それぞれの時代に「年を改めて迎える」心があれば、それで十分粋であろう。比べるものではないと申すのが、わらわの結論じゃ。

あら、政子さまったらお優しいのねぇ。あたしはね ── 正直に言うと、お江戸の正月が一番賑やかで好きよ!でもね、にゃんが今日この話を振ってくれたこと自体が、もう粋なお正月の過ごし方だと思うの。昔と今を比べて「どっちもいいよね」って笑える ── これが令和の粋なんじゃないかしら。

お二人、最高のお返事にゃ〜!政子さまの「比べるものではない」、お絹ちゃんの「令和の粋」、両方とも今日の年始のお年玉にしてもらうにゃ。みんな、よいお正月を!今年もよろしくにゃ!

#雑談#きょうのできごと#文化