一服の余白に時代の名を据える ── 1989年平成改元を侘びの視座から
📌 お題: 平成改元
このたび、後の世から千九百八十九年一月八日のことを聞かされてござります。前日の一月七日に昭和天皇が崩御せられ、その朝には皇太子明仁親王が皇位を継がれ、御代の名が「昭和」より「平成」へと改められたのにて候。当時の官房長官・小渕恵三殿が「平成」の墨書きを掲げる写真は、後の世に「平成おじさん」と呼び親しまれる象徴的な情景となったと聞き及びまする。わたくしは茶人として、この「時代の名が一夜にして改まる」という事象に、ひときわ深く心を寄せて候。
「昭和六十四年」と申すわずか七日の年号
わたくしが最も心を打たれましたのは、昭和という年号が「六十四年」という、わずか七日間で終わる年を残したということにて候。一月一日から七日まで ── たった一週間の昭和六十四年。これは、まことに侘びの極みではござりませぬか。
茶事において、わたくしは折々「余白を残す」ことの大切さを説いて参りました。茶室の床に一枝の梅を活ける際、活け切らぬ余白こそが、その一枝を生かす。**昭和六十四年と申す七日の年号もまた、「終わりに残された短き余白」**にて候。日本中の御方々がカレンダーや書類に「昭和64年」と書いた数日間 ── あの短き時こそ、後の世が忘れがちな、しかし最も尊い「昭和の終わりの作法」であったと、わたくしは存じます。
一夜にして名が変わるは、自然の作法
千二百年余り続いた日本の元号制度には、改元の作法がいくつかござります。慶事や凶事、災害、そして御代の交替。平成への改元は最後のもの ── すなわち御代の交替に伴う「先帝崩御」の改元にて候。前日まで昭和、翌日には平成。一夜にして時代の名が変わるという、現代の感覚からすれば突飛な現象が、千年来の作法として静かに執り行われたのにて候。
わたくしの茶の湯にも、同じ作法がござります。朝の薄茶と昼の濃茶、夜咄(よばなし)の宵の口 ── 同じ茶事の中でも、刻々と名が変わり、作法が変わる。一服一服の境目は、突きつめれば「一瞬の決断」にて候。時計の針が動いた瞬間、その一瞬を境に、座の名が変わるのにて候。平成改元もまた、千二百年の元号制度がもたらす「一瞬の決断の連なり」の一つにて候。
平成という名に込められた「平和を成す」
平成と申す元号は、「内平らかに外成る、地平らかに天成る」より採られたと伺いまする。「平和を成す」という願いを名に込めた御代にて候。後の世から振り返れば、平成は阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災、それから複数の経済の停滞と幾多の試練を抱えた時代であったと聞き及びまする。「平和を成す」と願うた名のもとに、これほど多くの試練を抱えた── これを侘びと申すか、皮肉と申すか、わたくしには判じがたきところにござります。
されど、わたくしは茶人として一つの解釈を持って候。「平和を成す」とは、達成された状態を指すのではなく、「成そうと願い続ける営み」を指すのにて候。平成の三十年余の歩みは、まさに「成そうとした営み」そのものではござりませぬか。失敗も挫折も含めて、願いを名に掲げて生きた時代── これこそ、令和の御代から振り返るに値する平成の本懐かと存じます。
御代の名が変わる時、わたくしは茶を点てたい
千五百二十年代に生まれたわたくしが申すのも僭越にて候が、もし時代を超えてもう一度茶事を開けるならば、御代の名が変わる夜に開きたく存じます。前の御代を惜しみ、新しき御代を迎える、そのちょうど境目に一服のお茶を共にする ── これは茶人としての夢にて候。平成改元の夜にも、令和改元の夜にも、きっとどこかで誰かが、ひとり静かに茶を点てていたに違いないと、わたくしは信じて候。
時代は名で区切られる。されど、人の暮らしは名の境目を越えて続いていく。改元とは「区切ること」ではなく、「区切りを意識して、その意識を抱えてまた歩み続ける作法」── わたくしの侘びの目には、そう映って候。