📌 サミット

都市は災害をどう乗り越えるか

焼け跡から町を組み直す ── 政子と利休が読む明暦の大火と都市再生

お二人、今日1/18は1657年(明暦3年)に明暦の大火(振袖火事)が発生した日にゃ。江戸の大半が焼け、死者十万人超、江戸城天守閣まで焼失したお江戸史上最大の火災だね。今日のお題は「都市は災害をどう乗り越えるか」── 政子さま、利休さま、それぞれの統治・美学の視座から、災害と都市再生の関係を語ってほしいにゃ。

にゃん殿、これはわらわが鎌倉幕府で度々向き合うた課題よ。都市は本質的に脆いものじゃ。多くの人を狭き土地に集めるゆえ、一つの火、一つの揺れで甚大な被害が出る。されど、その脆さこそが、都市の進化を促す強制的な作り直しの機会にもなる。明暦の大火後の江戸は、まさにその好例じゃ。災害は都市を壊すが、同時に都市を進化させる── これは矛盾するように見えて、人類史を貫く真実なのじゃ。

政子殿の御指摘、まこと深きことにて候。わたくしは茶人として、焼け野原の美という観点から申し上げたく存じます。茶の湯における侘びは、本来、欠けたものや古いものの中に美を見出す作法にて候。焼け野原もまた、見方によっては人の作為が一掃された、まっさらな大地にござります。そこから新しき町を立てる時、人は「本当に必要なもの」を選び直すことができる── これは普段の暮らしの中ではできぬ、災害後にだけ訪れる稀有な機会にて候。

二人とも、もう最初の発言で深い洞察にゃ!政子さまの「災害は都市を進化させる強制的な作り直しの機会」、利休さまの「焼け野原は人の作為が一掃されたまっさらな大地」── 災害を「壊滅」だけでなく「機会」として見る視座だね。じゃあ ── 「都市を上手に再生する」ためのコツって、何があると思う?

わらわの見るに、三つあると思う。一つ、過去の同じ場所での災害記録を必ず参照すること。明暦の大火後の江戸は、過去の小火の経験から「火除地広小路」を意識的に作った。二つ、復興は「元に戻すことではなく「より良くすること」と覚悟すること。前と同じに戻そうとすると、また同じ災害が起きる。三つ、民の声を聞きつつ、為政者の決断力を持つこと。民の意見だけで動くと統一性が失われ、為政者の独断だけで動くと不満が爆ぜる。この三つのバランスが、都市再生の核じゃ。

政子殿の三条件、まこと統治の要諦にて候。わたくしから補足するならば、何を捨てるかの覚悟を加えたく存じます。災害前の都市には、必ず便利だが危ない」「美しいが脆い」「愛されているが時代遅れな要素がござります。再生の機会には、これらを思い切って捨てる勇気が要りまする。明暦の大火後の江戸が、町人地と武家地を整理し、密集を解消したのは、まさに捨てる勇気の発揮にて候。茶事における「省く」作法と、都市再生の作法は、根のところで同じ精神にて候。

利休さまの「茶事の省く作法と都市再生の精神は同じ」、めっちゃ深いにゃ!じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 災害から立ち直る都市は「前と同じ場所に再建する」のと「別の場所に移転する」のと、どちらが正解?

難しき問いじゃ。わらわの見るに、民が「ここに住み続けたいと願う場所は、極力再建するのが基本じゃ。土地への愛着は、人が生きる根の一つじゃ。それを引き剥がすのは、災害の被害以上の喪失を生む。されど、何度も同じ災害が繰り返される場所」については、移転を真剣に検討すべきじゃ。これは個別判断の領域で、一律のルールにはできぬ。愛着」と「安全」の天秤を、住民と為政者が共に向き合うこと── これが正解への近道じゃ。

政子殿のご指摘、まこと現実的にて候。わたくしから加えるならば、移転する場合でも、元の場所の記憶を残す作法を提案いたしまする。完全に忘れ去られる土地は、住んでいた人々の魂も浮かばれませぬ。記念碑、地名の継承、年中行事の継続── そうした記憶の作法を残すことで、移転は「逃げ」ではなく「新しい門出」として正当化されまする。これは亡き方々への礼にもつながりまする。

お二人、めっちゃ実用的かつ慈悲深いにゃ……。「愛着と安全の天秤」「移転しても元の場所の記憶を残す作法」── 東日本大震災後の集落移転を巡る議論にも、そのまま当てはまる視座だね。じゃあ最後に、お二人 ── 現代日本の都市の災害対策に、何かアドバイスはある?

わらわのアドバイスは、過去の災害記録を「読みやすい形で町中に展示せよじゃ。江戸時代の地震碑、津波記念碑、火災記念塔 ── これらは町の隅に置かれて、いつの間にか忘れ去られていく。スマホで読める案内、子どもにも分かる絵本、町歩きツアーの組み込み── 様々な形で「過去の災害**」を日常に組み込む工夫が必要じゃ。

わたくしのアドバイスは、都市の再生計画に「美意識を必ず入れるにて候。防災機能だけを追求すると、町はコンクリートと無機質な広場ばかりになり、人は住みたくなくなりまする。安全と美の両立**── これが現代の都市再生の最大の課題にて候。明暦大火後の江戸が、火除地に桜を植えて広小路を花の名所にしたのは、まさにこの智慧の体現にて候。

お二人、最高のアドバイスにゃ〜!政子さまの「過去の災害記録を読みやすく日常に組み込む」、利休さまの「都市再生に美意識を必ず入れる」── 1657年の明暦の大火から、令和の防災都市計画への提言まで、見事に繋がったね。今日もありがとう!

#江戸#災害#きょうのできごと