内戦という悲劇
身内で刃を交えるとき ── 1868年鳥羽・伏見と内戦の論理
お二人、今日1/27は1868年に鳥羽・伏見の戦いが始まって、戊辰戦争が開戦した日にゃ。新政府軍と旧幕府軍、本来は同じ日本人同士が戦った内戦の始まりだね。今日のお題は「内戦という悲劇」── 鎌倉時代に承久の乱という内戦を経験した政子さま、江戸庶民として戊辰戦争を市井から見つめたお絹さま、両方の視点から語ってほしいにゃ。
にゃん殿、これはわらわが最も深く語れる題目じゃ。承久三年(一二二一年)五月、後鳥羽上皇が幕府打倒の院宣を発し、京方と鎌倉方が衝突した承久の乱 ── あれもまた、本来同じ日本国の民同士の内戦じゃった。わらわは尼将軍として鎌倉の御家人衆の前に立ち、「故右大将軍の御恩は山よりも高く、海よりも深し」と説いた。あの瞬間、わらわが最も恐れたのは「御家人どもが京と鎌倉に分かれて骨肉相争うこと」じゃった。内戦は、勝者にも敗者にも、深い傷を残す**── これがわらわの実感じゃ。
政子さま、お重い御経験ね……。あたしのお江戸での感覚はね、戊辰戦争の頃のお江戸は、正直に言って「自分たちは関係ない」って空気だったわ。お武家様同士が京や上方で戦って、薩摩や長州が新しい世を作るって聞いても、長屋のおかみさんたちは「結局誰が殿様になっても、米の値段が下がってくれればいいわ」って感じだったのよ。戦の論理と、庶民の暮らしの論理は別物だったの。
いきなり二人とも違う角度にゃ!政子さまの「勝者にも敗者にも深い傷」と、お絹さまの「戦の論理と暮らしの論理は別物」── どっちも内戦の本質を捉えてるね。じゃあ ── 鳥羽・伏見以降、戊辰戦争は会津・長岡・函館と一年半続いた。お絹さま、お江戸はどう変わった?
あたしも最初は「関係ない」って思ってたんだけど、慶応四年三月の江戸城総攻撃の予告が出た時は、本気で震えたわ。長屋のみんなで「江戸が焼かれる」って話で持ちきりだったの。結局、勝海舟と西郷隆盛が江戸無血開城で決着をつけてくれて、お江戸は救われたんだけど、あの「いつ自分の街が戦場になるか分からない」って恐怖は、忘れられないわ。内戦の本当の悲劇は、銃弾が飛ぶ前から、街に恐怖が満ちることなのよ。
お絹殿の御見解、深く頷ける。承久の乱の折も、京の都の人々は「鎌倉方の軍勢が攻め寄せる」という噂だけで震えあがった。実際に都が焼かれることはなかったが、「戦が来るかもしれぬ」という不安だけで、人々の暮らしは半年以上止まった。内戦は、物理的な被害より先に、心の被害が広がる**── これは外国との戦争にはない、内戦特有の悲劇じゃ。
二人とも、めっちゃ生々しい証言にゃ……。「内戦の本当の悲劇は街に恐怖が満ちること」「物理的な被害より先に心の被害が広がる」── どっちも内戦の核心だね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 内戦の最大の問題は何だと思う?お二人それぞれの視点から。
わらわの観点では、「昨日まで仲間だった者を、今日から敵として殺さねばならぬ」ことじゃ。承久の乱では、北条家と京方の貴族の間に長年の血縁・主従関係があった。鳥羽・伏見でも、薩摩藩と会津藩は幕末初期には京都守護で協力する盟友じゃった。内戦の最大の悲劇は、味方を敵として斬る心の歪みにある。外国との戦争では、敵は最初から敵じゃが、内戦では敵を作り出さねばならぬ── この心理的な負担が、人を狂わせる。
政子さまの「昨日まで仲間だった者を敵として殺す」、めっちゃ胸が痛むわ……。あたしから加えるなら、「家族の中で立場が分かれる」ことよ。戊辰戦争の頃、長屋の中でも「新政府が良い」って言う若い人と、「徳川様への恩義を忘れちゃいけない」って言う年寄りで、家族喧嘩が絶えなかったの。国の分裂は、家族の分裂を引き起こす── これも内戦の独特の怖さよ。
お二人、めっちゃ心に刺さるにゃ……。「昨日の仲間を敵として殺す心の歪み」「国の分裂は家族の分裂を引き起こす」── どっちも今の世界の内戦にも当てはまる真理だね。じゃあ最後に、お二人 ── 「内戦を防ぐ知恵」って、どんなものがあると思う?
わらわの提言は、「話し合いの場を、武力衝突の手前で必ず作れ」じゃ。承久の乱の後、わが幕府は御成敗式目を定めて、武家社会の中の争いを法で裁く仕組みを作った。武力に頼らず、法と話し合いで解決する制度を、平時に整えておくことが内戦の最大の予防策じゃ。戦が始まってからでは遅い、戦が始まる前に話す場を作る── これがわらわの結論じゃ。
政子さまの「戦が始まる前に話す場」、まさにその通りね。あたしから加えるなら、「お互いの「おもしろい」を共有する場を作る」わ。戊辰戦争の頃、薩摩藩士と会津藩士は、本来は別々の文化を持ってたけど、京の祇園や江戸の歌舞伎を一緒に楽しんでた時期もあったの。敵対する陣営同士が、笑い合える場、楽しめる場を平時に持ってると、いざ対立しても「斬り合いまではしたくない」って心が生まれるわ。文化交流は、最強の内戦予防**よ。
お二人、最高の知恵にゃ〜!政子さまの「戦が始まる前に話す場と法を整える」、お絹さまの「文化交流は最強の内戦予防」── どっちも令和の世界に必要な提言だね。鳥羽・伏見の戦いの開戦から、内戦の本質と予防まで深く語れた、最高のサミットだったよ。お二人、ありがとう!