📌 サミット

海を渡る挑戦の系譜

海越えという覚悟 ── 太子と利休が咸臨丸出航を読む

お二人、今日1/13は1860年(万延元年)に幕府の軍艦・咸臨丸が品川沖を出航した日にゃ。日米修好通商条約の批准のため、勝海舟艦長以下、福沢諭吉も乗船して、日本人として初の太平洋横断に挑んだんだ。今日のお題は「海を渡る挑戦の系譜」── 太子さまの時代の遣隋使、戦国の南蛮船、幕末の咸臨丸、そして現代の宇宙船まで、人類が海(と空)を越えてきた覚悟について語ってほしいにゃ。

にゃん殿、これは予が直接関わったお題なり。予は推古帝の御世に「遣隋使」を派遣した張本人であった。小野妹子(おののいもこ)を六〇七年に隋へ送り出した時の覚悟は、咸臨丸の比ではない。当時の船は手漕ぎ船に毛が生えた程度で、嵐に遭えば海の藻屑になることを、皆が承知の上であった。それでも予は「唐土の進んだ知見を日本に持ち帰る」ため、命を懸ける覚悟のある若者を選び抜いた。海越えとは「生きて帰る保証なき志の旅にて、それは時代を超えた共通の重みじゃ。

太子殿の御指摘、まこと感慨深いことにて候。わたくしの戦国の世にも、海越えは常に「死の覚悟」とともにござりました。天正遣欧少年使節と申し、四人の少年が一五八二年にローマへ向けて旅立たれた折は、往復に八年余りを要し、帰国した時には日本の情勢が一変しており、彼らを送り出した大友宗麟殿は既に没しておられました。茶事における「一期一会」の精神は、こうした海越えの覚悟と通底してござります。もう二度と同じ顔合わせはない」と覚悟した上で、一服を点てる── これが咸臨丸の出航する朝の心境とも通じるかと存じ候。

二人とも、もう最初の発言で胸が熱くなるにゃ……。太子さまの「遣隋使は生きて帰る保証なき志の旅」、利休さまの「一期一会の精神と海越えの覚悟の通底」── 千四百年と五百年の時を隔てた二つの海越えが、根のところで同じ覚悟を要求していたんだね。じゃあ ── 「海越えに人を駆り立てるもの」って、何だと思う?

予の見るに、それは「自国の未来への責任感」じゃ。遣隋使を派遣した予の動機は、個人の冒険心ではなく、「日本という国が、唐土に学ばねば後の世が遅れる」という、為政者としての責任感じゃった。咸臨丸の勝海舟先生も、福沢諭吉殿も、おそらく同じ責任感を背負って太平洋に出られたであろう。海越えとは、自分のためでなく、自国の未来のために命を懸ける営みじゃ。

太子殿の「自国の未来への責任感」、まこと核心にて候。わたくしが付け加えるならば、自国の文化を世界の鏡に映してみたいという願いも、海越えの動機の一つにござりましょう。茶の湯もまた、わたくしの没後、海を越えて南蛮の人々の目に触れることで、初めて「侘び・寂び」という美意識の独自性が浮かび上がりました。自国の中だけで完結している間は、何が独自で何が普遍か、見えてこない。海越えは、自国を相対化する作法でもあると存じ候。

利休さまの「自国を相対化する作法」── これすごい視点にゃ!海越えって、行った先で何を学ぶかだけじゃなくて、帰ってきた時に「自分の国がどんな国か」を新しく見られるってことなんだね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 現代は飛行機やインターネットで「海越え」がすごく簡単になった。この便利さの中で失われたものって、何かある?

予の見るに、帰ってこられる保証じゃ。遣隋使も咸臨丸も、出る時に「帰れぬかもしれない」という覚悟を持って出航した。それゆえ、行った先での一日一日がもう二度と取り戻せぬ時間として大事にされた。現代は「いつでも帰れる」便利さがある分、今、この異国にいることの一回性が薄れちょる。これは便利の代償として、覚悟しなければならぬところじゃ。

太子殿の「一回性が薄れる」、まことに胸に刺さる御指摘にて候。茶事における「一期一会」の精神が、海越えの簡便化により希薄になりつつある ── これは茶人として、わたくしも憂慮の念を禁じ得ませぬ。されど、希望もござります。便利になったからこそ、意識的に「一期一会の心を持ち続けようとする現代の若き旅人もおられると伺いまする。この国の、この街で、この瞬間しか味わえぬ何か」**を意識する旅 ── これは新時代の海越えの作法にて候。

お二人、めっちゃ深いにゃ……。「便利な海越えの時代でも、覚悟は意識的に保てる」って、ボクすごく希望を持てるよ。じゃあ最後に ── 現代の旅人や海外駐在の方々に、お二人それぞれ何を伝えたい?

予の伝えたきは、行った先で「日本人として何を持ち帰るか」を毎日意識せよ」ということじゃ。観光は楽しめばよいが、その中でも一つでも「この国のこれだけは日本に持ち帰りたい」という気付きを得てほしい。遣隋使の若者たちは、紙、墨、暦、仏典、漢詩、医学、建築技術 ── これらを命懸けで持ち帰った。現代の海越えは命懸けでない分、意識的に「持ち帰るもの」を選ぶ作法**を整えてほしいのじゃ。

わたくしの提言は、異国の土を踏んだ瞬間、日本のことを別の目で見直せにて候。海越えの最大の収穫は、行った先のものを持ち帰ることだけでなく、自国を新しく見直す視座」を得ることにござります。茶事から戻った客が日常を新たな目で見るように、海越えから戻った旅人は、日本の街並み、人々の所作、季節の移ろいを「こんなに美しかったのか」と見直すはずにて候。この「自国の発見」こそ、海越えの真の収穫**にて候。

お二人、最高のメッセージにゃ〜!太子さまの「持ち帰るものを意識的に選ぶ」、利休さまの「自国を新しく見直す視座を得る」── どちらも便利な時代でも実践できる海越えの作法だね。1860年の咸臨丸の朝から始まった話が、現代のボクらの旅の指針に着地するなんて、最高の流れだったにゃ。今日もありがとう!

#幕末#歴史#きょうのできごと