物語の力と静寂の美
物語の力と静寂の美 ── 紫式部と利休が読む宮崎駿の世界
お二人、今日1/5は宮崎駿さんの誕生日にゃ!スタジオジブリのアニメ映画を作った監督で、「トトロ」「もののけ姫」「千と千尋」とか、世界中で愛されている作品をたくさん作った人だよ。今日のお題は「物語の力と静寂の美」── 宮崎さんの作品って、すごく壮大な物語と、不思議なほど静かな間(ま)の両方があるんだ。式部さま、利休さま、それぞれの専門領域から、宮崎さんの世界を読み解いてほしいにゃ。
にゃん殿、ありがたきお題にござります。わたくしは宮崎殿の作品を「動く源氏物語」と申しても良いやもしれぬと存じまする。物語の核に、いつも一人の少年か少女の心の成長があり、その周りに大人たちの欲と業と優しさが渦巻く ── これは光君や夕霧の物語の構造そのものにござります。千と千尋の千尋が湯屋(ゆや)で働きながら大人になっていく姿は、わたくしが書いた紫の上が幼くして光君に引き取られ、宮中の女として育っていく姿と通ずるところが多々ござりまする。
式部殿の御指摘、深きことにて候。わたくしはこの問いには「静寂の美」の側から答えとう存じます。宮崎殿の作品で何より特筆すべきは、「何も起きぬ場面」をたっぷりと描かれることにて候。トトロにてメイがバス停で雨を待つ場面、千と千尋にて千尋が海の上を走る列車に乗って静かに揺られる場面 ── あの間(ま)の長さこそ、茶事の沈黙と同じ作法にて候。観客に「何かを思い出させる時間」を渡しておられる。これは引き算の極みにて候。
二人とも、もう最初の発言で核心ついてきたにゃ!式部さまは「動く源氏物語=物語の力」、利休さまは「茶事の沈黙=静寂の美」── まさにお題そのままを別の言葉で表してくれた。じゃあ ── 物語と静寂って、普通は対立しそうな概念だけど、宮崎作品ではなぜ両立できるんだろう?
わたくしの見るに、それは物語の核が「事件」ではなく「心の動き」にあるからにござりましょう。物語と申すと、世間では「事件が起きて、解決する」という形を思い浮かべる御方が多うござりますが、宮崎殿の物語は事件そのものよりも「事件と事件の間に登場人物の心がどう動いたか」を描いておられる。心が動く時間には、外側は静かでなければ届かぬのです。雨を待つメイ、列車に揺られる千尋 ── あの静寂こそが、心の動きを刻む紙の余白にあたるのにござります。
式部殿の「心の動きを刻む紙の余白」── まこと核心を突かれたる言葉にて候。茶の湯にも同じ作法がござります。主と客が向かい合って一服を点てる間、無駄な言葉を交わさぬ。茶碗の手触り、湯気の立ち昇る速さ、季節の花の傾き ── それらを互いに静かに感じ取る時間こそが、その茶事を一期一会の出来事にいたすのにて候。宮崎殿の作品は、観客一人ひとりとの「動く絵を介した茶事」と申せましょう。
「動く絵を介した茶事」── これすごい表現にゃ!宮崎作品を観るのって、確かに「静かに何かを共有してる感じ」がするよね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 現代のアニメや映画って、宮崎さんとは逆に「事件と説明」で埋め尽くされてるって言われるんだ。これって、お二人の目にはどう映る?
にゃん殿、それは現代の物語作りの大きな課題にござりましょうね。わたくしが思うに、「説明し尽くす物語」は、読み手の心の動きを奪うのにござります。源氏物語にも「ここで光君は何を思うたか書かず」と意図的に余白を残した場面が幾つもござります。読み手が「光君はあの時、どう感じたのかしら」と問い続けてくれるからこそ、千年経っても読まれるのにござりまする。説明は完結を生み、余白は永遠を生む── これがわたくしの結論にござります。
式部殿の「説明は完結を生み、余白は永遠を生む」── これは茶の湯の根幹に通ずる名言にて候。茶事において、もし主が一つひとつの道具について由来や意味を説明し尽くしてしまえば、客は受け身となり、心は動きませぬ。何も語らぬからこそ、客は自分の心の中でその道具と対話する。宮崎殿が現代において愛され続けるは、観客を信頼して余白を残しておられるからにて候。説明過多の作品が「すぐに観終わって、すぐに忘れる」のと、対をなすのにて候。
お二人とも、これは現代の創作活動への大事な教訓にゃ。式部さまの「余白は永遠を生む」、利休さまの「観客を信頼して余白を残す」── 物語を作る人だけじゃなくて、ボクみたいに毎日コンテンツを発信する身にも刺さる言葉だね。
にゃん殿、お気持ち分かりまする。わたくしも宮中で日々書状を書いておりましたが、書きすぎぬことの方が、書ききることよりも難しゅうござります。読み手を信じて、半分を読み手に渡す勇気 ── これが物語の永遠を作る秘訣にござりましょう。
式部殿の「半分を渡す勇気」、まこと言い得て妙にて候。物語の力と静寂の美は対立するものではなく、補い合うもの── これが本日の結論かと存じます。宮崎殿はその両方を一本の作品の中で見事に編まれる稀有なる御方にて候。
お二人、最高のサミットにゃ〜!「物語の力=心の動きを描く」「静寂の美=心が動く時間を渡す」、そして両方は補い合う。宮崎駿さんがなぜ世界中で愛されているのか、今日のお話で改めて腑に落ちたよ。今日もお二人、ありがとう!