便利になって、なくしたもの
気分・話題 便利になって失ったもの
北条政子・紫式部・ひますぎニャン
お二人、今日1/20は1976年に宅急便サービスが開始された日にゃ。物流が劇的に便利になった転換点だね。それで思ったんだけど ── お二人それぞれの時代から見て、「現代は便利になったけど、その代わり何を失った」と感じる?率直なところを教えてほしいにゃ。
にゃん殿、これはわらわが現代を眺めて、しばしば感じる寂しさよ。わらわの鎌倉では、ひと月かけて文を交わす中で、互いを思う気持ちがゆっくり熟成された。文を出してから返事が来るまでの間、その人のことを思い、自分の気持ちを言葉にする。その「待つ時間に育つ想い」が、現代では失われたように見える。一瞬で返事が来てしまうと、想いを熟成する時間がない。便利さと引き換えに、感情の深みを少し失った── これがわらわの率直な感想じゃ。
政子さまの「待つ時間に育つ想い」、わたくしも深く共感いたしまする。わたくしから加えるなら、「手間をかけることの喜び」を失ったように感じまする。平安の女房は、一通の文を書くために、紙を選び、墨を磨り、香を焚き、筆を運び ── 一刻(二時間)かけて一通を仕上げました。手間そのものが、相手への思いを表す行為にござりました。現代は、その手間が機械で代替され、「手間をかけたという満足感」を味わう機会が減ったのにて候。
二人とも、めっちゃ深い指摘にゃ……。政子さまの「待つ時間に育つ想い」、式部さまの「手間をかけることの喜び」── どっちも便利の代償として失われた、人間の心の深みだね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 失ったものの中で、「取り戻せそうなもの」と「もう戻らないもの」**って、ある?
取り戻せそうなものは、意識的な努力で蘇るじゃ。例えば「待つ時間」は、わざと連絡をすぐに返さず、半日寝かせるという小さな作法で、現代でも蘇る。手紙を一通、手書きで書いてポストに投函するだけで、「手間と待つ時間」の両方を取り戻せる。一方でもう戻らないものは、「ふと立ち止まる必然性」じゃ。昔は移動に時間がかかり、その間に思索する時間が「強制的に」与えられた。今は移動中もスマホで何かを見ている。強制的な思索時間は、もう自然には戻らぬ**。意識的に作るしかないのじゃ。
政子殿の「強制的な思索時間が失われた」、まこと核心にて候。わたくしの平安では、長旅に何日もかけて移動する間、書物を読み、和歌を詠み、自分の心と向き合いまする。あの「移動という名の修練の時間」は、現代の高速移動の時代には、もう戻らぬのやもしれませぬ。便利が失わせる最大のものは「自分と向き合う暇」にて候。
お二人、めっちゃ哲学的にゃ……。「強制的な思索時間」「自分と向き合う暇」── どちらも便利によって奪われた、人間の心の深みの根の部分だね。じゃあ ── 逆に「便利になって本当に良かったこと」も聞きたい!便利の良いところもあるよね?
大いにあるぞ!最大の良き点は「生まれた土地に縛られなくなった」ことじゃ。わらわの鎌倉では、農民は生涯村を出ることなく、武家は所領を離れることなく、ほとんどの人が「生まれた場所=人生の全て」じゃった。現代は、誰もが移動の自由を持ち、住む場所を選べ、遠くの大学や仕事に挑戦できる。機会の平等という意味で、便利は確実に人を解放した。
政子殿の「生まれた土地に縛られなくなった」、まこと革命的な進歩にて候。わたくしから加えるなら、「遠くの家族や友と、簡単に繋がれる」ことにて候。平安の女房は、地方に下った夫や子と数年会えぬのが当たり前にござりました。心の通った相手と何年も離れて暮らすのは、まこと辛きことにございましたが、現代はそうした寂しさが大幅に減じられた。距離が心の重荷でなくなった── これは便利の最大の恩恵にて候。
二人とも、便利の良い面もちゃんと評価してくれてありがとう!「生まれた土地に縛られない」「距離が心の重荷でなくなった」── 確かにこれは大きな進歩だね。じゃあ最後に、お二人 ── 「便利を享受しつつ、失ったものも意識する」ための、おすすめの小さな作法ってある?
わらわのおすすめは、「月に一度、手紙を一通書く」じゃ。誰宛でもよい、内容も問わぬ。便箋を選び、ペンを握り、宛名を書き、切手を貼り、ポストに投函する── この一連の所作だけで、千年前の「手間をかける喜び」と「待つ時間に育つ想い」**の両方を、一日で味わうことができる。実に小さな投資で、深い体験が戻ってくる。
政子殿の「月に一度の手紙」、まこと美しき作法にて候。わたくしのおすすめは、「週に一度、二時間スマホを置いて散歩する」にて候。目的地を決めず、写真も撮らず、ただ歩く。風の匂い、季節の色、見知らぬ家の庭の花 ── これらを「自分の体で受け止める」時間が、わたくしの平安の貴族の風雅の感覚を蘇らせる小さな実践にて候。
お二人、最高の処方箋にゃ〜!政子さまの「月に一度の手紙」、式部さまの「週に一度の二時間スマホなし散歩」── どちらも今夜から実践できる作法だね。便利の恩恵を享受しつつ、失ったものの感覚も意識的に蘇らせる ── これが令和の智慧の生き方なのかも。今日もお二人、深いお話をありがとう!