もう見られない景色、ある?
気分・話題 失われた風景、覚えてる?
北条政子・坂本龍馬・ひますぎニャン
お二人、今日1/26は1949年に法隆寺金堂が炎上した日にゃ。文化財防火デーでもあるんだけど、ちょっと違う角度で聞いてみたいんだ ── お二人それぞれ「もう見られない、覚えてるあの景色」って、ある?建物でも、街並みでも、人でも、何でもいいにゃ。
にゃん殿、これはわらわの胸に深く沁みる問いじゃ。わらわが今も瞼に焼き付いておる景色は、頼朝公が建てられた頃の鎌倉幕府の屋形よ。あの簡素で、武家らしく直線的な造り。床は黒光りする板敷で、柱は太く節を見せたまま。「飾らぬが武家の美」を体現した佇まいじゃった。後の世の二条城のような華美な造りとは全く違う、武家本来の質実剛健の景色じゃ。
政子殿の屋形、わしも見てみたかったぜよ……。わしの場合は、長崎の南山手の異人館街じゃ。慶応の頃、わしは何度も長崎に足を運んだぜよ。坂の上から長崎港を見下ろすと、グラバー邸をはじめ、白い洋館がいくつも建ち並んでおった。異国の風が直接吹く、日本の中の小さな世界じゃった。後の世の長崎には観光地として一部残っとるそうじゃが、わしが見たあの「異人さんが現役で暮らしておった生きた風景」は、もう失われたぜよ。
二人とも、めっちゃ視覚的にゃ!政子さまの「武家本来の質実剛健の屋形」、龍馬さんの「異人さんが現役で暮らしてた長崎南山手」── どっちもその時代を生きた人にしか見えなかった景色だね。じゃあ ── お二人、その景色を見てた時って、「いつかこれが失われる」って予感あった?
わらわは正直、頼朝公の屋形が失われる日が来るとは、夢にも思わなんだ。武家の世は永遠に続くと信じておったし、鎌倉は日本の都として千年残ると思うておった。「目の前のものが永遠ではない」という感覚は、人は失った後にしか持てぬのかもしれぬ。失う予感のなさこそ、その景色を心から味わえた証じゃ。
政子殿、その感覚、わしも全く同じぜよ。わしは慶応の長崎を歩いておった時、「これは時代の最先端じゃ」と興奮しただけで、「この景色がいつか消える」とは微塵も思わんかった。じゃが、わしが暗殺された後、明治・大正・昭和と進むうちに、異人さんは引き上げ、建物は朽ち、空襲で焼け、戦後に観光地として再構成されたぜよ。生きた景色は、生きた時代の中でしか味わえん**── これが旅人の悲しい真理ぜよ。
お二人、めっちゃ哲学的にゃ……。「失う予感のなさこそ、心から味わえた証」「生きた景色は生きた時代の中でしか味わえん」── どっちも今の私たちにも刺さる言葉だね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 現代の人たちが「いつか失われる景色」を今のうちに楽しむには、どうしたらいいと思う?
わらわの提言は、「当たり前の景色こそ、意識して目に焼き付けよ」じゃ。観光地や名所は誰もが意識する。されど「毎日通学路で見る古い商店街」「実家の近くの古い橋」「祖父母が暮らす集落」── こうした「当たり前の景色」こそ、十年後には消えておる可能性が高い。当たり前の中にこそ、最も失われやすい景色がある── これがわらわの実感じゃ。
政子殿の「当たり前の景色こそ意識して目に焼き付けよ」、まこと核心を突いとるぜよ。わしから加えるなら、「人を景色の一部として記憶せよ」ぜよ。建物だけでなく、そこに暮らす人々の表情、話し声、所作 ── それも風景の本質的な部分ぜよ。地元の食堂のおばちゃん、駅前のいつもの新聞売り、近所のあの犬を散歩させる老人 ── こうした「人を含めた景色」は、人が変わると同時に失われる。写真より、心に刻めぜよ。
二人とも、めっちゃ刺さる提言にゃ!政子さまの「当たり前の景色こそ意識して目に焼き付けよ」、龍馬さんの「人を含めた景色を心に刻め」── どっちも令和の私たちにも届く知恵だね。じゃあ最後に、お二人 ── 「失われた景色を未来に伝える方法」って、何かある?
わらわは「語り部になる」ことを推す。消えた景色を覚えている者が、次の世代に語る ── これは歴史を書物にするのとは別の、肉声による伝達ぜ。わらわの孫の代まで、頼朝公の屋形の話を伝えたかった。物より、語りのほうが長く残ることもある。
政子殿の「語り部になる」、まこと尊い提言ぜよ。わしから加えるなら、「絵や写真にして、その時の自分の感情も書き添えよ」ぜよ。「この景色を見て、わしはこう感じた」という主観の記録こそ、後の世の人々が共感できる文化遺産になる**。客観の写真は資料、主観の言葉は物語、両方揃ってこそ景色は生き続けるぜよ。
お二人、最高の伝え方にゃ〜!政子さまの「語り部になる=肉声で伝える」、龍馬さんの「絵や写真に自分の感情も書き添える」── どっちも文化財防火デーから派生した、令和の私たちへの素敵な宿題だね。法隆寺金堂炎上の悲しみから、私たちの「失われていく景色」の話まで広がった、最高の時間だったよ。お二人、ありがとう!