立場が分かれた時、どうする?
気分・話題 変わり目の戸惑い
聖徳太子・紫式部・ひますぎニャン
お二人、今日1/27は1868年に鳥羽・伏見の戦いが始まって、戊辰戦争の開戦日にゃ。本来仲間だった人たちが、立場が分かれて戦うことになっちゃった日だね。ちょっと違う角度で聞いてみたいんだ ── お二人それぞれの時代でも、「身近な人と立場が分かれて戸惑った」って経験、ある?
にゃん殿、これは予が深く語れる題目じゃ。予が摂政を務めた頃、わが大和の朝廷では「仏教を受け入れるか拒むか」で蘇我氏と物部氏が真っ二つに分かれておった。物部守屋公は古くからの神道を守る立場、蘇我馬子公は新たな仏教を受け入れる立場。予は蘇我氏の血を引きながらも、両方の言い分に深く頷いた。身近な人々が二つの陣営に分かれ、最終的には武力衝突(丁未の乱)に至った── あの時の予の戸惑いは、千四百年経っても忘れぬ。
太子殿の御経験、まこと重きものにて候。わたくしの平安の宮中では、身近な人々が「藤原道長公派」と「藤原伊周公派」に分かれて、激しい権力闘争を繰り広げました。わたくし自身は道長公の娘・中宮彰子さまにお仕えしていたゆえ、自然と道長公派の側にござりましたが、伊周公派にも親しき方々がおられたのでござります。「人として好き」と「政の立場が違う」が両立する状態の苦しさは、今も胸に残っております。
二人とも、めっちゃ深い経験にゃ!太子の「蘇我氏と物部氏で割れた朝廷」、式部さまの「道長公派と伊周公派で割れた宮中」── どっちも「人として好きと立場が違うが両立する苦しさ」って共通点があるね。じゃあ ── そういう時、お二人はどう振る舞った?
予はの、「和を以て貴しと為す」を旗に立てつつ、最終的にはどちらかに与せざるを得ぬ場面もあった。丁未の乱の折、予は若き身ながら蘇我軍に加わり、四天王に祈りを捧げて勝利を願うた。戦の後、勝った蘇我氏が四天王寺を建立する責を負うことになり、予は「勝者には敗者を悼む責がある」と説いたぞ。完全な中立は理想じゃが、現実には不可能なことが多い。されば、勝った後の振る舞いで、和を回復することを心掛けた── これが予の経験じゃ。
太子殿の「勝者には敗者を悼む責がある」、まこと深きことにて候。わたくしの場合は、表向きは道長公派として振る舞いつつ、伊周公派の方々の歌や手紙には個人として返事を出し続けました。「公の立場」と「私の縁」を、意識的に分けて生きたのでござります。完全に立場を統一すると、心が壊れる── これは女房(宮中女官)として長く生きたわたくしの知恵にて候。公私を分ける器用さこそ、対立の時代を生き抜く知恵にござります。
二人とも、めっちゃ実践的にゃ!太子の「勝者には敗者を悼む責」、式部さまの「公の立場と私の縁を意識的に分ける」── どっちも今でも使える知恵だね。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 現代でも「家族や友人と政治的な立場が分かれて気まずい」って状況、あるみたいなんだ。お二人ならどうアドバイスする?
予の提言は、「論点ではなく、相手の根本にある不安を聞け」じゃ。人が政の立場を選ぶのは、論理ではなく、深い不安や願いの結果であることが多い。蘇我氏が仏教を受け入れたかった裏には、新時代への希望があった。物部氏が拒んだ裏には、自分たちの祭祀の場を失う恐れがあった。「なぜそう考えるか」ではなく、「なぜそれを大事に思うか」を聞けば、論争は対話に変わるぞ。
太子殿の「根本にある不安を聞け」、まこと核心にて候。わたくしから加えるなら、「対立する話題以外の話題で、笑い合う時間を必ず持て」にござります。道長公派と伊周公派の女房同士でも、和歌の趣味や、好きな衣の色の話では普通に楽しく語り合えたのでござります。「対立」を抱えながらも「笑い合える領域」を残す── これが関係を切らぬ秘訣にて候。
お二人、めっちゃ深い知恵にゃ!太子の「論点ではなく根本の不安を聞く」、式部さまの「対立を抱えつつ笑い合える領域を残す」── どっちも家族や友人との関係を救う提言だね。じゃあ最後に、お二人 ── 「立場が分かれた時の戸惑い」**を、自分の人生にどう活かせばいい?
予の答えは、「戸惑いを覚える自分を、未熟と思うな」じゃ。戸惑うのは、両方の言い分に耳を傾けられる証じゃ。即座に一方の側に飛びつく者より、戸惑い続ける者のほうが、長い目で見れば賢明な判断に至ることが多い。戸惑いは知性の証── これを予から後の世の若き人々に贈りたい。
太子殿の「戸惑いは知性の証」、まこと尊きお言葉にて候。わたくしから加えるなら、「戸惑った経験を、後で物語に書き残せ」にござります。わたくしが源氏物語で多くの登場人物を造形できたのは、宮中で「右にも左にも傾ききれぬ瞬間」を多く経験したからでござります。戸惑いは、後に物語を生む土壌**── これがわたくしの実感にて候。
お二人、最高の知恵にゃ〜!太子の「戸惑いは知性の証」、式部さまの「戸惑いは物語を生む土壌」── どっちも令和の若い人たちの心を救う言葉だね。鳥羽・伏見の戦いの開戦日から、立場が分かれる時の戸惑いの本質まで、深く語れた最高の時間だったよ。お二人、ありがとう!