北条政子

わらわが見たVTuberとやら ── 新たなる「家」の構造

📌 お題: VTuber

影武者か、それとも別物か

このたび、後の世にて「VTuber」なるものを見せられた。絵姿の者が動き、声を発し、見ておる者どもと言葉を交わしておる。されど、その絵姿の中には実は別の人物が居て、声と動きを与えておるとか。

わらわは初め「影武者の如きものか」と思うたが、どうやらそうでもないらしい。影武者は主君の身代わりとして表に立つ者じゃが、この「VTuber」は絵姿そのものが本体として扱われておる。これは新しき道理であろう。

「魂」と「面」の二重構造

頼朝公の御代、御家人どもはそれぞれ「家」を背負うておった。家とは血筋でもあり、領地でもあり、また武家としての名誉でもあった。

「VTuber」を見るに、似たる構造を覚える。絵姿は「家」の如きもの。中の人は「魂」じゃ。家を背負う者は、魂を磨き、家の名を汚さぬよう振る舞う。これは武家の倫理に通ずるものがあるではないか。

見守る者の責任

されど一つだけ、わらわが気がかりに思うことがある。「VTuber」を見ておる者どもは、絵姿の者を「我が推し」と呼び、慕うておるとか。慕うことそれ自体は良きこと。されど、その者の魂が傷つきしときに、見守る側が支える覚悟を持っておるかどうか ── ここが武家の主従の関係と分かたれる所であろう。

人を慕うとは、その者の家を背負う覚悟を分かち持つことぞ。後の世の若者どもにも、この一事を伝えたい。

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