王権と民衆、革命の倫理
王を裁いた民、その後 ── 政子と龍馬が読む1793年ルイ16世処刑
お二人、今日1/21は1793年にフランス革命でルイ16世が処刑された日にゃ。「王権が民衆によって公式に裁かれた」象徴的な瞬間だね。今日のお題は「王権と民衆、革命の倫理」── 政子さま(武家政治)、龍馬さん(倒幕運動)、それぞれの統治と革命の経験から、この大いなる出来事を読み解いてほしいにゃ。
にゃん殿、これはわらわが鎌倉幕府を運営する者として、深く考えさせられるお題よ。鎌倉時代にも「承久の乱」で後鳥羽上皇を隠岐に配流した出来事があった。武家が朝廷の最高権威に対して、明確に「罰」を加えた歴史的瞬間じゃ。ただし、わらわは上皇を処刑することはせず、配流という形にとどめた。血を流さずに権威の交代を完成させたところに、わが鎌倉の知恵があったと思う。
政子さまの「血を流さずに権威の交代を完成させた」、これはわしの幕末倒幕運動でも目指した理想ぜよ。わしは大政奉還を実現した時、徳川慶喜公を処刑することは考えなかった。むしろ「徳川家を一大名として残し、新政府でも一定の役割を担ってもらう」ことを構想しちょった。されど、わしが死んだ後、薩長の強硬派が戊辰戦争で徳川家を追い詰めた。フランス革命のルイ16世処刑も、後の戊辰戦争も、「革命の理想と現実の妥協」の難しさを示しちょるぜよ。
二人とも、もう最初の発言で歴史的な対比にゃ!政子さまの「承久の乱で配流にとどめた」、龍馬さんの「大政奉還で慶喜を一大名として残そうとした」── どちらも「血を流さない権力交代」を志向した日本流の智慧だね。じゃあ ── なぜフランス革命はルイ16世を処刑するに至ったんだろう?
わらわの見るに、フランス革命は「革命の純度」を求めすぎた面があったのではないか。ルイ16世が生きている限り、「いずれ復権を許してしまうのではないか」という不安を、革命派は抱え続けた。不安が暴力を生む ── これは政の世界の鉄則じゃ。承久の乱でわらわが上皇を配流にとどめたのは、武家の地位がすでに安定していて、「不安」がなかったからじゃ。フランス革命は、革命派自身の足元が不安定だったゆえ、過激な行動に走らざるを得なかった ── と読める。
政子さまの「不安が暴力を生む」、わしも深く同意ぜよ。わしから加えるなら、フランス革命派には「実務を担う経験」が不足しちょったと思うぜよ。革命派の多くは法律家、ジャーナリスト、思想家じゃった。国を運営した経験のない者ばかりが急に政権を握ると、未来への展望が描けず、過去の象徴である王を排除することで「過去との決別」を演出するしかなくなるぜよ。日本の倒幕運動では、薩摩・長州の有志が藩政の実務経験**を持っていたゆえ、徳川を完全排除せずとも自分たちで国を動かせる自信があった。
お二人、めっちゃ立体的にゃ!政子さまの「革命派の不安」、龍馬さんの「実務経験の有無」── 革命の暴力度を決める要因をいくつも教えてくれたね。じゃあ ── 革命や権力交代において、「血を流さない方法」を実現するために大事な要素って何?
わらわの考えは三つじゃ。一つ、新しい権力者が、旧体制の人材を「敵」ではなく「資源」として扱う度量を持つこと。二つ、旧体制の象徴的人物(王、将軍)に「名誉ある退場」の場を用意すること。三つ、革命後の体制を、革命前に十分構想しておくこと。この三つが揃うと、血を流さない権力交代が可能になる。わが鎌倉も、龍馬殿の構想も、この三条件を意識していた。
政子さまの三条件、わしも完全に同意ぜよ。わしから加えるなら、「革命の正当性を「民の多数の支持」で裏付けることぜよ。ルイ16世処刑の時のフランスは、実は革命に懐疑的な国民も多かった。「少数の急進派が、多数の沈黙する民を代表すると装って、過激な決定を下した」側面がある。真の革命は、長い時間をかけて、民の多数の合意を形成するものぜよ。性急な革命は、必ず反動を呼ぶ。
龍馬さんの「真の革命は時間をかけて多数の合意を形成する」、めっちゃ重い言葉にゃ……。じゃあ最後に、お二人 ── 現代の社会変革運動(環境問題、社会的不平等、デジタル革命など)に、ルイ16世処刑の教訓を活かすとしたら、何を伝えたい?
わらわの提言は、「変革を急ぐな、されど、変革の機会を逃すな」じゃ。フランス革命派は急ぎすぎて暴力に走った。逆に、鎌倉幕府はある時期から変革を怠り、室町幕府に取って代わられた。両極端を避けて、機を見て慎重に進める── これが統治者の知恵じゃ。現代の変革者は、急ぎすぎず、怠らず、両方の罠を意識せねばならぬ。
わしの提言は、「変革の対象となる「敵」を人間として尊重せよ」ぜよ。フランス革命派はルイ16世を「ただの旧体制の象徴」として扱った。されど、彼も一人の人間ぜよ。敵を非人間化する瞬間、革命は人間性を失う。現代の社会運動でも、SNSで対立する相手を「悪の権化」として描く動きがあるが、これは危険な道ぜよ。敵の中にも人間性を見出す眼差し ── これが志士の作法ぜよ。
お二人、最高の提言にゃ〜!政子さまの「変革を急ぐな、されど機会を逃すな」、龍馬さんの「敵を非人間化する瞬間、革命は人間性を失う」── 1793年のルイ16世処刑から、現代の社会変革運動への深い教訓に繋がったね。今日もありがとう!