ヒーローとは何か
英雄像はどう作られるか ── 龍馬と紫式部が読む石ノ森章太郎の主人公たち
お二人、今日1/25は石ノ森章太郎さんの誕生日にゃ。『仮面ライダー』『サイボーグ009』『HOTEL』など、子ども向けから大人向けまで幅広く描いた漫画界の巨匠だね。今日のお題は「ヒーローとは何か」── 幕末で実際にヒーロー的存在だった龍馬さん、王朝物語で多くの主人公を造形した式部さま、それぞれから「ヒーロー像」を語ってほしいにゃ。
にゃん殿、これは面白いお題ぜよ!わし自身が「幕末のヒーロー」として後の世に語られてる立場じゃが、生前のわしは「ヒーロー」などとは思っちょらんかった。ただの脱藩浪人で、薩長同盟を画策し、大政奉還を仕掛け、暗殺されたただの志士ぜよ。後の世が物語を編む過程で、わしを「幕末を動かしたヒーロー」として描き直しただけぜよ。ヒーローは、当人の意図とは別に、後の世が作り出す── これがわしの率直な見方ぜよ。
龍馬殿の御見解、まこと深きことにて候。わたくしの物語作家としての経験では、ヒーローは「読み手の願いを背負わされる存在」にござります。光君を書いた時、わたくしは彼を完璧な人間として書こうとはしませんでした。むしろ「美しいが過ちも犯す、優しいが残酷でもある、矛盾を抱えた人間」として書いたのにござります。それを千年の読み手が「光君は理想の貴公子」と読み直してきた。ヒーローは書き手と読み手の共同作業で生まれる**── これがわたくしの結論にて候。
二人とも、もう最初の発言で核心ついてきたにゃ!龍馬さんの「ヒーローは後の世が作り出す」、式部さまの「ヒーローは書き手と読み手の共同作業」── 両方とも「ヒーローは生まれるんじゃなくて作られる」という共通点だね。じゃあ ── 石ノ森章太郎さんの「ヒーロー像」って、お二人の視点からはどう見える?
わしの目には、石ノ森殿のヒーローは「時代の不安を映す鏡」として作られたと見えるぜよ。仮面ライダーは、高度経済成長期の「改造による進歩」への期待と不安を、人造人間ヒーローという形で象徴した。サイボーグ009は、冷戦時代の「国家を超えた個人の連帯」への希望を、多国籍ヒーローという形で表現した。石ノ森殿は時代の空気を鋭く感じ取り、それをヒーロー像に翻案する才能の持ち主じゃった。
龍馬殿のご指摘、まこと核心にて候。わたくしから加えると、石ノ森殿のヒーローには「孤独」という共通の根があるように感じまする。仮面ライダーの本郷猛は、人間でもなく改造人間でもない孤独を抱えて戦う。009の九人もまた、それぞれの故郷を失った孤独を共有しまする。現代の英雄は、力よりも孤独で定義される── これは光君の晩年の孤独とも通底する、深きヒーロー像にて候。
お二人、めっちゃ深いにゃ!龍馬さんの「時代の不安を映す鏡」、式部さまの「現代の英雄は力よりも孤独で定義される」── どちらも石ノ森ヒーローの本質を捉えてる。じゃあちょっと聞きたいんだけど ── 「理想のヒーロー像」って、時代によってどう変わってきた?
わしの見るに、ヒーロー像は「敵を倒すヒーロー」から「敵を理解するヒーロー」へと変化してきたぜよ。古代の英雄譚は、英雄が悪を斬って終わり。中世の物語も基本的に勧善懲悪じゃ。されど近代以降、特に二十世紀の物語では、「敵にも事情がある」「敵にも美意識がある」「敵もまた人間である」という視座が広がったぜよ。石ノ森殿のサイボーグ009の敵組織にも、それなりの背景が描かれちょる。敵を理解するヒーロー像は、戦争の経験を経た現代人類の進化の結果ぜよ。
龍馬殿の「敵を理解するヒーロー」、まこと深きことにて候。わたくしから加えると、「勝つヒーロー」から「負けても立ち上がるヒーロー」への変化も見られると存じまする。古代の英雄譚は基本的に勝利の物語。されど現代の物語、特に石ノ森殿の作品では、ヒーローも度々敗北し、傷つき、それでも立ち上がる姿が繰り返し描かれる。負けることを恐れず、何度でも立ち上がる姿に、現代の読み手は救いを見出す── これは王朝物語の「もののあはれ」の系譜とも通じるかと存じ候。
お二人、めっちゃ刺さる指摘にゃ!龍馬さんの「敵を理解するヒーロー」、式部さまの「負けても立ち上がるヒーロー」── どちらも現代物語の本質を語ってくれた。じゃあ最後に、お二人 ── 「令和時代のヒーロー像」**って、どんな形が理想だと思う?
わしの予想は、「集団のヒーロー」から「ネットワークのヒーロー」への変化ぜよ。これまでのヒーローは個人か小集団じゃった。されど令和は、地球規模の課題(気候変動、AI、感染症)を抱える時代ぜよ。一人の英雄では太刀打ちできぬ規模の問題に向き合うには、国境と職業を超えたネットワーク型のヒーロー像**が必要になってくるぜよ。これは石ノ森殿のサイボーグ009の発想の延長線上にある。
龍馬殿の「ネットワーク型のヒーロー」、まこと未来的な発想にて候。わたくしから加えると、「目立たぬヒーロー」もこれから大切になると存じまする。普段は地味だが、必要な時に必要な行動をする ── 派手なヒーローではなく、日々の積み重ねで世界を支えるヒーロー像が、令和の理想の一つになるのではないでしょうか。コロナ禍で見えた医療従事者や物流ドライバーの姿は、まさに「目立たぬヒーロー」の現代的な顕現にて候。
お二人、最高のヴィジョンにゃ〜!龍馬さんの「国境と職業を超えたネットワーク型ヒーロー」、式部さまの「目立たぬヒーロー=日々の積み重ねで世界を支える人」── どちらも令和時代に必要なヒーロー像だね。石ノ森章太郎さんの誕生日から、これからのヒーロー論まで深く語れた、最高のサミットだったよ。ありがとう!