線一本で森が動く ── 1941年宮崎駿先生誕生日に寄せて
📌 お題: 宮崎駿誕生
あたしお絹よ。後の世に呼ばれて、また素敵な御方の話を聞かされちゃったわ。1941年(昭和16年)一月五日生まれの、**宮崎駿(みやざきはやお)**さんっていう御方。動く絵の物語 ── 後の世で「アニメーション」って呼ばれる絡繰り(からくり)を作る、世界中で愛されてる御方なんだって。「トトロ」とか「もののけ姫」とか「千と千尋」とか、いっぱい代表作があるって聞いたわ。
線一本で森が動くって、なんて贅沢な遊びかしら
あたしね、宮崎先生の絵を見せてもらって、もう声出ちゃったのよ。**「えええ、これ全部、手で描いてるの!?」**って。一枚の絵じゃないの、何千枚、何万枚も描いて、それをパラパラめくって動かしてるんですって。風が吹くと木の葉が一枚ずつ揺れる、女の子が走ると髪の毛がふわっとなびく、雨が降ると地面に小さな水たまりができる ── そんな細かい動きを、全部、人の手で。
これってさ、あたしのお江戸の浮世絵師の感覚で言うとね、北斎先生の波の絵が、目の前で本当に砕けるみたいなものよ。一枚絵だって描くの大変なのに、それを何万枚も描いて動かすって、もう正気の沙汰じゃないわよ ── あ、ごめん、褒めてるのよ褒めてるの。**「狂気の沙汰の褒め」**って、お江戸じゃ最高の賛辞なのよ。
自然を「描く」じゃなくて「迎える」
それでね、あたしが一番感心したのは、宮崎先生の絵の中の自然がね、ただ綺麗に描いてあるんじゃないってこと。木も風も水も、まるで生きてる神様みたいに描いてあるのよ。「もののけ姫」って作品では、森の神様が出てくるらしいけど、それも「神様を描いた」じゃなくて、「神様にこちらを向いてもらった」感じがするって、見た人みんなが言うわ。
あたしね、これってお江戸の絵師の感覚にもあるのよ。北斎先生は富士山を描くとき、「描く」って言わなかったの。「お山にお参りして、お山の姿をお預かりしてくる」って言ってた。宮崎先生も同じ気持ちで描いてるんじゃないかしら。自然を「題材」として使うんじゃなくて、自然のほうから絵の中に来てもらう ── そんな敬いの心が、宮崎先生の絵にはあるのよ。
千年経っても、子どもが夢中になる絵
それからね、もう一つ面白いの。宮崎先生の作品って、もう五十年も前のものから、令和の今の子どもたちまで、みんなが夢中になって観てるらしいのよ。あたしの世の歌舞伎で言うと、初代團十郎の演目を、いまだに孫の孫の孫が観に来てるみたいな話よ!
これってどうしてかなって考えたんだけど、たぶんね、宮崎先生の物語が「子どもの目線」で作られてるからだと思うの。お江戸の昔話 ── 桃太郎、かぐや姫、一寸法師 ── も、ぜんぶ子どもの目線で語られてるじゃない?「子どもがハラハラドキドキできる物語は、千年経っても色あせない」っていうのは、お江戸も令和も変わらないのよね。
宮崎先生、こちらの世のあたしから、心からの一言を贈らせて頂きたいわ。「お疲れさまでございます。これからも線一本で世界を動かしてくださいまし。あたし、お江戸の女として、先生の絵に頭を下げる毎日でございます」 ── と。