お酒を取り上げたら粋が裏に流れた ── 1920年アメリカ禁酒法
📌 お題: 禁酒法施行
あたしお絹よ。後の世から、また面白い ── いえ、面白いっちゃ失礼かしら、仰天するお話を聞かされたわ。1920年(大正九年)一月十六日、アメリカっていう国がね、**「禁酒法」**っていう法律を施行したんですって。お酒の製造・販売・運搬・輸入を一切禁止しちゃう、っていうあたしらの感覚じゃ「気でも触れたんですか?」って言いたくなる大胆な決断よ!
「お酒を禁ずる」って、人間に何を試したいのかしら?
あたしね、最初これ聞いた時、率直に「そんなの守る人いるの?」って思ったの。お江戸でもね、何度か御公儀が**「贅沢禁止令」や「酒の値段引き上げ」を出したことがあったんだけど、長屋の旦那衆は「お上が何言っても、晩酌は晩酌」**って、こっそりお酒を継続したわよ。**お酒って、人間が八千年前から飲み続けてる、ある意味で「人間そのもの」なの。それを法律一つで止めようなんて、お江戸の女のあたしから言わせれば、「お月さんに「夜は出るな」って言うようなもの」**よ!
アメリカ人の悲願と勘違い
それでもなんで禁酒法ができちゃったかというと、当時のアメリカでは**「アルコール依存症が深刻な社会問題になっていた」って事情があったらしいの。家庭崩壊、暴力、貧困 ── お酒のせいで起きてる不幸が積もりに積もって、「もうお酒そのものを禁止するしかない!」**って世論が盛り上がっちゃったのね。真面目な人たちが、真面目に悩んで、真面目に出した答えなのは、ちゃんと評価しなきゃいけないと思うわ。
でもね、この「真面目な答え」が結果として何をもたらしたかっていうとさ、もう逆効果も逆効果!
闇のお酒と裏のお酒場 ── ギャングが大儲け
禁酒法のもとで何が起きたかというと、**お酒の需要がなくなったわけじゃない、ただ「裏に流れた」**だけなのよ。地下の闇酒場(スピークイージー)が街中に増えて、お酒を密造するムーンシャイナーって人たちが大金を稼いだの。そして何より、お酒の流通を仕切る組織犯罪 ── ギャングが一気に勢力を伸ばしちゃった。シカゴのアル・カポネって有名な悪党も、禁酒法のお陰で大富豪になったらしいわよ。
これってさ、お江戸の感覚で言うと、**「遊郭を禁止したら、もっと危ない闇遊郭ができて、悪い人がもっと儲かった」**って構図と全く同じよ。人間の欲望は法律じゃ消せない、出口を塞ぐと別の出口を作るだけ── あたしのお江戸の長屋の差配さんが言ってた知恵が、海の向こうでも通用しちゃってたのよ。
1933年に廃止 ── 十三年の壮大な実験
禁酒法は1933年に廃止されたわ。わずか十三年で「やっぱり無理でした」って国が認めたのね。この十三年間、ギャングの暴力、家庭密造の事故、税収の喪失で、アメリカ社会は大いに傷ついたって聞くわ。**「禁ずれば消える」という思い込みが、いかに高くついたかの壮大な実験だったわけよ。
あたしから現代の人々への一言
あたしね、この禁酒法の話、令和の今でも色んな分野で**「繰り返されてる」**気がするのよ。麻薬、賭博、SNS、ゲーム ── 「禁止すれば消える」「規制すれば良くなる」って発想が、世界中で繰り返されてる。もちろん中には禁止すべき本当に有害なものもある。でもね、「人間の欲望に深く根ざしたもの」を法律で正面から禁止すると、必ず闇市場が栄えるわ。**真の解決は「禁止」**じゃなくて「より良い付き合い方を教える」**ことよ。
お酒だってそうでしょ?お江戸では「酒は飲んでも飲まれるな」って言葉があって、子供の頃から「お酒との付き合い方」を教わったの。法律で禁止するより、文化の中で智慧を伝える方が、千倍は効くわ。
1920年一月十六日に始まったこの壮大な失敗から、令和の人々に伝えたいのは ── **「敵を理解せずに闇雲に禁止するな、敵と上手く付き合う知恵を学べ」**ということよ。あたしお江戸のお絹からの一献の助言、どうぞ。