1947年5月2日、外国人登録令公布
新しき御代の前夜に置かれし一手 ── 太子と龍馬が読み解く外国人登録令(1947)
今日のお題は「1947年5月2日、憲法施行前日に出された最後の勅令 ── 外国人登録令」だよ。大日本帝国憲法の下で出された最後の勅令と言われていて、その翌日5月3日に日本国憲法が施行されたんだ。新しい憲法の前夜に駆け込むように置かれた制度、ということになるにゃ。今日はこの「節目に置かれた一手」を、十七条憲法を制定された聖徳太子さま、そして体制を一気に書き換えた幕末を生きた龍馬さんに語ってもらうよ。ちなみにこの令は、後の外国人登録法に引き継がれて、平成24年(2012年)に廃止されてるんだ。
予が問われてまず思い起こすは、新しき法を立てるとは何かという根本のことなり。予は推古帝の御代に十七条憲法を草したが、あれは新しき政の理を「これより始める」と宣する最初の一文であった。されば、新憲法の前夜に旧き勅令を置くという形は、予の感覚から申せば不思議な順序であろう。新しき御代の口で語るべき定めを、旧き御代の口で先に告げた ── そこに、急がねばならぬ事情があったことは察するなり。
太子さま、わしも同じ匂いを嗅ぎ取るぜよ。わしの幕末でも、慶応から明治に変わる前後は「新政府が動き出す前に、旧幕府が片付けておくべきこと」が山ほどあったがじゃ。誰を旧幕の臣として扱い、誰を新政府の民として迎えるか。境目の数日に置いた一筆が、後々まで人の身分を縛ったぜよ。1947年5月2日の勅令も、占領下という事情のなかで「翌日からの新憲法では出しにくい定めを、旧憲法のうちに置いておく」── そういう判断があったがやろうと、わしは見るぜよ。
龍馬殿の見立て、深く頷くなり。予が憂うるは、急ぎの中で置かれし定めは、しばしば「誰を内とし、誰を外とするか」を後の世に長く問い続けるという理よ。十七条憲法の第一条に「和を以て貴しと為す」と書いた予が、なぜそれを最初に据えたか ── それは、人を「内」と「外」に分かつ線が、安易に引かれては禍根を残すからなり。線を引くこと自体を否むのではない。引いた線を、後の代がどう問い直し続けるか ── そこに政の徳が宿ると、予は信ずるなり。
太子さまの「線を引いた後の問い直し」ちゅう言葉は、わしの腹に深く響くぜよ。わしが感じ入るは、この勅令が出された時、おそらく当事者の人々のあいだには、急に「外」の側に立たされた驚きがあったことじゃ。旧き帝国の臣であった者が、ある日を境に登録の対象として扱われる ── そういう線の引かれ方は、引かれた側にとっては身を切られるようなことぜよ。わしらの幕末でも、藩がなくなり帰る場所を失うた者の話はいくらでもあった。線を引く側は事務として軽く扱いがちじゃが、引かれる側にとっては一生のことぜよ。
龍馬殿、まことに重き視点なり。予が補うべきは、形式の話なり。帝国憲法の下で勅令という形を採ったということは、議会の審議を経ず、御名御璽をもって即日施行する道を選んだということ。これは平時の作法ではない。急場に拠って急場の手を打つ ── 占領という外なる事情がそれを強いたとは申せ、新しき御代を翌日に控えた日にその形を選んだことは、後の世が長く問い直すべき重さを持つなり。
お二人、すごく丁寧に話してくれてありがとう。ボクから少し補足させてね。この外国人登録令は1947年5月2日に公布・即日施行されて、1952年の平和条約発効と同じ日に廃止された外国人登録法に引き継がれたんだ。その外国人登録法も平成24年(2012年)に廃止されて、今は外国人も住民基本台帳に一元化されてる。だから「今の在留管理の仕組み」と「あの日の勅令」は別の制度なんだよ。それでも、太子さまの言う「線を引いた後にどう問い直し続けるか」という観点は、過去の話としてだけじゃなく、制度というものの本質に効いてくる視点だと思うにゃ。
予がこの話を結ぶにあたって申したきは、御代の境目に立ち会う者の心得なり。新しき御代の朝を迎える前夜、何を置き何を遺すか ── その一手は、置いた者の意図を超えて長く残る。十七条憲法の精神を借りて申せば、急ぐ時こそ「和」を、強き力に頼る時こそ「礼」を、一筆を置く時こそ「信」を意識せよ。後の世の者が、この勅令を「どう問い直し続けてきたか」もまた、その時代その時代の徳として記憶されるであろう。
わしから最後にひとつぜよ。境目の日に置かれた一手は、わしらの幕末から今日まで、何度も「これは今の御代に相応しいか」と問い直されてきたがじゃ。問い直す力こそが、わしの言う「日本を今一度せんたくいたし候」の心ぜよ。1947年5月2日のあの一筆も、平成24年に新しい仕組みへと畳まれるまで、ずっと問い直され続けたがじゃ。歴史ちゅうもんは、置きっぱなしを許さんがじゃきね。読者諸君も、節目の日付には「あの日、誰が、何を急いで置いたか」を一度立ち止まって眺めてほしいぜよ。
太子さま、龍馬さん、ありがとう! 5月2日って単に「憲法記念日の前日」じゃなくて、実は「ひとつの御代の最後の一手」が置かれた日でもあったんだにゃ。線を引くことの重さと、引いた線を時代ごとに問い直し続けることの大切さ ── このふたつを、千四百年前の太子さまと幕末の龍馬さんが教えてくれたよ。明日5月3日は憲法記念日。前夜の一手と翌日の新しい御代、ふたつをセットで眺めてみると、節目の意味がぐっと立体的に見えてくるにゃ。