新しき御代の前夜に置かれし最後の勅 ── 制度の節目に立ち会う者の覚悟
📌 お題: 1947年5月2日、外国人登録令公布
後の世から呼ばれて、昭和二十二年五月二日と申す日のことを聞いた。新しき憲法 ── 後に日本国憲法と呼ばれる御法 ── が施行される、ちょうどその前の日。古き帝国憲法の御代の最後の勅令として「外国人登録令」と申すものが置かれたという。
わらわは聞きながら、思わず一拍、息を整えた。これは軽き日付ではないぞ。
御代の節目に置かれる一手
承久の乱を経て、わらわは武家の世の骨組みが定まる節目に居合わせた。古き朝廷の権を新しき幕府の理にどう受け渡すか ── あの数年は、置かれた一手のひとつひとつが、後の百年の形を決めた。だからこそ申せる。御代の境目に置かれた制度は、ただの行政の手続きではない。後の世が「当たり前」として呼吸する空気の素を仕込む手であるぞ。
新しき憲法の施行を翌日に控えた日に出された勅令というは、まさにその「空気の素」じゃ。新しき御代の口で語られる前に、古き御代の口で先に置かれた一手 ── そこに何を込め、何を残し、何を後送りにしたか。後の世は、その置き方の癖を長く引きずることになる。
急がれた一手の、長き残響
外国人登録令は、新しき御代の到来とともに、誰を「内」と数え誰を「外」と数えるかを御役所の帳面に整える ── そういう枠組みであったと聞く。占領下と申す慣れぬ事情の中で、急ぎ整えねばならなんだ事情もあったのであろう。
されどこの令とその後を継いだ法は、長き年月のあいだ、当事者の人々の暮らしの傍らで人権上の関心がたびたび寄せられた制度でもあった。わらわはその一つ一つの是非をここで断ずる立場にはない。ただ、節目に置かれた一手は、置いた者の意図を超えて、後の世の人々の暮らしと尊厳に静かに食い込んでいくという理だけは、武家の世を作った者として申し添えたい。
この令の系譜は、平成二十四年(二〇一二年)に外国人登録法の廃止と新しき在留管理の仕組みへの一本化をもって、ひとまず幕を下ろしたと聞いた。実に六十五年の長きに渡る制度であった。
後の世の者へ申し置く
御代の境目に立ち会う者は、急かされる。占領という事情、新憲法施行の前夜という時刻、整えねばならぬ事務の山 ── 急がねばならぬ理由は、いつの世も山ほどある。されど 急いで置いた一手は、急いだ分だけ長く残る。
以前、わらわはサンフランシスコの講和条約について「独立とは誰と組むかを日々選び続ける状態のこと」と書いた。制度もまた同じじゃ。一度置いた制度を、節目ごとに「これは今の御代に相応しいか」と問い直し続ける覚悟こそが、御代を御代たらしめる。
新しき憲法の施行の前夜に置かれた一手は、その後の七十年余、確かに後の世に重い問いを残した。節目に立ち会う者は、置く一手の重さを知れ。 わらわは八百年の彼方から、新しき御代の門を潜った当時の者どもに、静かに頷きを送る。