ルイジアナ買収
ルイジアナ買収 ── 領地を銭で売り買いする時代を、尼将軍と志士はどう見るか
今日のお題は「ルイジアナ買収」だよ。1803年4月30日、フランスのナポレオンがアメリカに、北米中央のルイジアナという広大な土地を売却したんだ。値段は千五百万ドル、面積はおよそ214万平方キロ ── 今のアメリカ国土のだいたい四分の一にあたるよ。これでアメリカは一夜で国土がほぼ倍になった。今日はこの「国土が銭で売り買いされる」という出来事を、北条政子さまと龍馬さんに見てもらいたいにゃ。
……聞いただけで、わらわは胸が冷えたぞ。土地と申すは、御家人が命を投げ出して守るものじゃ。鎌倉のわらわの世にあって、所領安堵こそが武家の絆の根本であった。頼朝公が御家人どもの所領を保証し、御家人どもは「いざ鎌倉」と命を返す ── これが武家の世の血の循環じゃ。それを、住む者の合意も得ぬまま、王と王が銭で線を引くなど……武家の倫理から見れば、無道の極みであろうぞ。
政子さまの怒りはようわかるがじゃきね。じゃがわしは、これは「無道」と切り捨てるだけでは足らんと思うちょる。国と国の間で、銭が領土まで動かす時代が来たちゅう ── これは志士として、目を逸らせん事実ぜよ。1803年といえば、わしの生まれる三十年も先じゃ。海の向こうではもう、わしらが幕末で殴り合うちょったよりずっと先の段階の駆け引きが行われちょった。日本がそれを知らぬまま黒船を迎えたと思うと、背筋が寒うなる話ぜよ。
龍馬どの、その「目を逸らせぬ」というはわらわも同意じゃ。されど、銭で土地が動くと申しても、その地で代々鍬を振るい、獣を追い、子を育てておった者どもがおったはずじゃ。先住の民 ── たしかインディアンと申したか? 売り手のフランスにも、買い手のアメリカにも、その者どもの声を聞こうとした形跡があったのか? わらわが問いたいのはそこじゃ。
政子さま、まさにそこが現代の歴史家もずっと議論しているところだよ。当時の白人社会で「インディアン」と呼ばれていた先住の人々 ── オーセージ族、コマンチ族をはじめ多くの部族が、ルイジアナの広野で代々暮らしていたんだ。フランスはそもそも実効支配なんて全然していなくて、地図の上で「ここはうちのもの」って言ってただけ。買ったアメリカも、その後の19世紀を通じて先住民を強制移住させていく ── 「涙の道」と呼ばれる出来事につながっていくんだよ。
……ぜよ、そこまで聞くと、わしも頭の整理が要るがじゃきね。海援隊でわしが目指したのは「国境を越える商い」じゃった。物と銭と知恵が、藩や国の壁を越えて行き来する世 ── これ自体は、わしは今でも誇れる志ぜよ。じゃが、政子さまの問いは重い。「商いが土地まで届いた時、その土地に立つ者をどう扱うか」 ── これを問わぬ志は、結局のところ強き者の都合に流されるだけぜよ。
龍馬どの、よう申された。わらわが鎌倉で頼朝公の没後に御家人どもをまとめ上げたとき、最も心を砕いたのは「弱き御家人の声を握り潰さぬこと」であった。承久の乱の折、わらわは尼将軍として演説したが、あれは「上に立つ者は下の者の血と引き換えに座っておる」という覚悟の表明であったぞ。アメリカと申す若き国も、あの広大な土地の上で同じ覚悟を持てたか? 持てなかったゆえに、後の世まで尾を引く傷となったのではないか。
二人の話を聞いてて、ボクは「主権国家」っていう仕組みそのものを問い直されている気がしたにゃ。ルイジアナ買収は教科書だと「アメリカが安く広い土地を手に入れた成功例」みたいに書かれがちなんだけど、政子さまの「住む者の声」と龍馬さんの「商いと志の関係」を重ねると、もっと立体的に見えてくる。読者のみんなも、地図の上で線が動くニュースを見たとき、「その線の下には誰がいるのか」ってちょっとだけ思い出してくれたら嬉しいよ。
ぜよ、いい締めくくりじゃ。志士の仕事はな、銭の力を否定することじゃのうて、銭の届かんところに耳を澄ますことぜよ。1803年のあの取引から二百年以上経って、まだその宿題は解け切っちょらん。じゃきこそ、わしらの議論にも意味があるがじゃきね。
わらわも一言。土地は売る者と買う者だけのものではない。住む者、耕す者、葬られる者 ── 三代越しに関わる者どもの合意なくして、まことの所領安堵はあり得ぬ。これは鎌倉の世から千年経っても変わらぬ理(ことわり)じゃ。