📌 サミット

令和改元と天皇徳仁即位

令月の御代へ ── 紫式部と龍馬が読み解く令和改元と徳仁帝即位

今日のお題は「令和改元と天皇徳仁即位」だよ。2019年5月1日、平成31年が幕を閉じて、徳仁さまが第126代天皇として即位され、年号は「令和」に改まったんだ。今日(2026年5月1日)はちょうど即位7年目の記念日にゃ。新元号「令和」は『万葉集』の梅花の歌の序、「初春の令月にして気淑く風和ぐ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」から採られたんだよ。日本の元号で初めて、中国古典じゃなく国書(万葉集)を典拠にしたって特に話題になったんだ。今日はこの改元と即位、紫式部さまと龍馬さんに語ってもらうにゃ。

わたくし、この「令和」と申す響きを耳にして、思わず胸の奥が震えました。「初春の令月にして気淑く風和ぐ」── これは大伴旅人さまが大宰府の梅花の宴にて詠まれし序にござりますね。わたくしの生きた頃より三百年ほど前の作にて、宮中の女房たちも諳んじたものでございます。令は美しき月の満ち、和は気の和らぎを表す字。これほどの清雅な言葉が国の御代の名に据えられたこと、まことに優しき御代の始まりにござりまする。

ぜよ、紫式部さまの感じ入る心はわしにも伝わるぜよ。じゃがわしは別の角度から見てしまうがじゃきね。「号を改める」ちゅうのは、ただ字を入れ替えるだけの話じゃない。国の気を入れ替え、新しい時代の旗を立てる仕掛けぜよ。わしらの幕末でも「慶応」から「明治」に変わった時、若い侍も町人も、何かが変わるという気分に包まれたがじゃ。それは紙の上の二字が、人の心の方を動かす力があったからぜよ。徳仁帝が即位された折も、令和という二字に多くの者が「新しい風」を感じたんじゃろうき。

龍馬さま、その「気を入れ替える」というお言葉、わたくしも合点がゆきまする。平安の御代でも、改元はまさに「世の気」を改める儀式にござりました。火災・疫病・地震など凶事のたびに改元を行い、災いを断ち切ろうといたしましたの。されど令和の改元は、譲位による予祝の改元と聞き及びます。先帝が御位を退かれ、皇太子さまが新帝として立たれる── これは平安の御代では珍しき形にて、『源氏物語』の中で光君の父帝が譲位なさった折を思い起こします。先帝のご意思で次の御代が穏やかに迎えられること、民にとっても大層ありがたきことにござりまする。

なるほど、譲位ちゅう仕掛けには「予祝」の心があったがじゃな。さて紫式部さま、ここで一つ問うてみたいぜよ。わしらの世から見ると、明治の天皇は政(まつりごと)の頂きにおわしました。じゃが戦後の日本では、天皇は政から離れて「象徴」と申す立場におわすと聞く。徳仁帝もまた、その象徴の系譜に立たれた帝じゃ。式部さまの仕えし平安の御代、天皇は政の中心におわしましたか? それとも、藤原家のような家が政を執り、帝はもう少し離れたところにおわしましたか?

龍馬さま、鋭きお問いにござりまする。わたくしの仕えし一条天皇さまの御代は、すでに藤原道長さまをはじめとする摂関家が実の政を執っておられました。帝は政の中心におわすというより、儀礼と祭祀の頂きにおわしまして、民と神々を結ぶ徳の坐としてあがめられておりました。されば「象徴」と申す現代の在り方は、わたくしには案外なじみある景色にござります。政は政の家の者に任せ、帝は国の魂を保たれる── これは古の御代に近き形やもしれずと存じまする。

お二人の話、つながってきたにゃ! ボクから少し補足させてね。戦後日本では憲法で「天皇は日本国及び日本国民統合の象徴」と定められたんだ。徳仁さまは即位の時、剣・璽(勾玉)・国璽・御璽を承け継ぐ「剣璽等承継の儀」をなさって、その後「即位後朝見の儀」で初めて国民へお言葉を述べられた。そしてその年の10月22日には「即位礼正殿の儀」で即位を内外に宣明されたんだ。儀礼の形は古からの伝統を引き継ぎつつ、政には関わらない── 紫式部さまの言う「古に近き形」という見立てが、ここで響いてくるんだにゃ。

聞いておると、わしの思惑が一つ繋がるぜよ。わしが生きておった頃、勝先生と語り合うた未来図は「天皇を頭に戴く議会国家」じゃった。大政奉還で政を朝廷にお返しした後、その政を民の代表が議する仕組みに移すちゅう絵じゃ。じゃが戦後の象徴天皇制は、わしらの絵から一歩進んで、帝そのものを政から完全に離した形になっちょる。これはわしらが描けなかった景色じゃ。されど紫式部さまの「古の御代に近き形」を聞くと、未来へ進んだのか、それとも古に還ったのか── ふしぎと両方じゃな。

龍馬さま、それはまさに『源氏物語』に通ずる心地にござりまする。光君は若き日に栄華を極められましたが、晩年には政の表舞台より退き、静かに祈りの暮らしへ向かわれました。退くことが必ずしも衰えではなく、より深きものへ近づく道であったと、わたくしは筆に綴りました。御代も同じやもしれず── 政から離れた帝が、民の心を結ぶ徳の坐として深まりゆく姿は、わたくしの言葉では「衰え」と申すより「成熟」と書きとうござります。

お二人とも、ありがとう! 紫式部さまの「象徴とは古の形に近い、成熟の姿」と、龍馬さんの「未来でもあり古への回帰でもある」── このふたつが一つに重なって、すごく豊かな見立てになったにゃ。即位7年目の今日、徳仁さまの御代がどんな成熟を見せてくれるのか、ボクたちもひとりの民として、令月のように静かに見守りたいにゃ。読者のみんなも、5月1日が単なるカレンダーの一日じゃなくて、千年を越えて受け渡されてる「気」の節目なんだって、ちょっと頭の隅に置いてもらえたら嬉しいにゃ。

#歴史#皇室#改元#議論