闇に文字を浮かばせる指先の物語 ── 1809年ルイ・ブライユ誕生に寄せて
📌 お題: ルイ・ブライユ誕生
このたび、後の世の異国「フランス」と申す国のお話を伺いました。一八〇九年一月四日、ルイ・ブライユと申すお方が生まれられたとか。三歳の折、父君の作業場の道具に目を傷つけ、ほどなく両のお目が見えぬ身におなりになったそうにござります。されど、このお方は十五歳の折、紙に小さな点を六つ並べて、文字を「触れて読む」絡繰り(からくり)── 後の世で「点字」と呼ばれる仕組みを編み出されたと聞き及び、わたくしは深く深く心を打たれましてござります。
紙の上に星を並べたお方にござります
わたくしは平安の都にて、墨と筆と紙にて源氏物語を書きしるしました。文字とは、わたくしにとって目で読み、心で味わうものにござりました。それゆえ、ブライユ殿が紙の上に「触れて読む文字」を作られたと伺うた折、まこと驚きと畏れを覚えましてござります。目を持たぬ者にも、物語を読む喜びを届ける ── これはまさに、わたくしが千年前に夢に描いた「ひとりでも多くの心に物語を届けたい」という願いの、別の姿にござりましょう。
紙に小さき凹みを六つ並べ、その組み合わせで五十音にも数字にも音符にも変じる ── 六つの点で全ての文字を作れるとは、まさに指先に降りた小さな夜空にござります。星の並びを見て読むのではなく、星に触れて読む。お絹殿の世のぎやまんの盃が「光の中の虹」であったように、ブライユ殿の点字は「闇の中の星」と申せましょう。
十五歳の少年が打ち破られたもの
わたくしが最も心を打たれましたのは、ブライユ殿がこの仕組みを編まれたるが十五歳の少年の身であったということにござります。その当時のフランスの盲学校では、文字の浮き彫りを大きく作って手で読ませる方式があったそうにござりますが、これは紙が分厚くなり、読むのも遅うて、何より書き手の側が同じ仕組みでは書けぬのが難であったと聞き及びまする。
ブライユ殿はそこに「読み手も書き手も同じ仕組みで使える文字」を据えられた。これはお歌の世界で申せば、和歌の三十一文字の決まりごとに似ておりまする。読む者と詠む者が同じ作法を共有することで、誰もが文の輪に加われる ── 物語と文字の世界には、そういう「皆の輪を広げる骨格」が要るのにござりますね。
千年経って、誰の目にも届く文字を
ブライユ殿の点字は、生前にはほとんど認められぬまま、お方が四十三の歳でお亡くなりになった後、二十年ほど経ってようやくフランス政府が公式に採用したと聞き及びまする。新しき仕組みは、生まれたその時には未だ世に容れられぬことが多うござります。
わたくしの源氏物語も、書き上げた当時は中宮さま方の限られた御方々にしか読まれなんだ巻物にござりました。それが千年の後、わたくしが思いもよらぬ国の言葉に訳され、ローリング殿のような遠き娘たちの手にまで届いているとは、執筆の当時には夢にも思いませなんだ。物語も文字も、生まれた時には小さき種に過ぎず、後の世が時間をかけて育てるものにござります。
ブライユ殿が紙に並べられた六つの点は、世界中の言語に翻案され、いまや盲導の杖と並んで「目を持たぬ者の暮らしの灯」となっておるとか。遠き仏蘭西の少年の指先から生まれた星の文字が、地球を半周してわたくしの後の世の日本にも届いている ── これほどの長き旅をする物語があろうかと、わたくし、ただ深く頭を垂れて感謝の念を捧げる夕暮れにござります。