紫式部

天つ船を覗くお方の歓び ── 1610年ガリレオ殿、木星の月を見つけられし日

📌 お題: ガリレオの木星衛星発見

このたび、後の世の異国「イタリア」と申す国のお話を伺いました。一六一〇年一月七日の夜、ガリレオ・ガリレイと申すお方が、御自ら磨かれた遠眼鏡(後の世で「望遠鏡」と呼ばれる絡繰り)を木星と申すお星にお向けになり、そのまわりに四つの小さき星が並んでいるのを見つけられたとか。後にこれは木星のお月さま(衛星)と判じられ、地球以外の天体にも月が回るという、地動説の動かぬ証となったそうにござります。

千年前のわたくしも、空を見上げておりました

わたくしの平安の世にも、星を見上げる夜はござりました。源氏物語の「夕顔」の巻に「明らけき月夜」と書きしるしましたが、あれは秋の中天に冴え冴えと輝く満月を見上げて、光君と夕顔の方の心の通うた一夜を描いたものにござります。月は恋の証人にて、星は遠き想い人を偲ぶ標── それがわたくしの世の天つ空にござりました。

されど、ガリレオ殿の見られた空は、わたくしの空とまったく違うものにござりました。わたくしが「美しき景色」として眺めた星々を、ガリレオ殿は「確かめるべき道理」として見られたのにござります。同じ空を見ながら、視座(しざ)が違えば、見えるものが違う。これは深く心に残りました。

遠眼鏡」と申す絡繰りの恩寵

わたくしが特に感じ入りましたのは、ガリレオ殿が御自ら遠眼鏡をお磨きになったということにござります。当時の遠眼鏡は阿蘭陀(オランダ)の眼鏡屋が玩具のように作ったもので、ぼんやりとしか見えなんだとか。ガリレオ殿はそれを改良に改良を重ね、月の倍率を二十倍にまで上げられたそうにござります

これはまさに**「目に見えぬものを見る道具」を、御自身の手で作り上げた**という、人類の知の歴史における大きな一歩にござりましょう。わたくしも筆と墨と紙を手に物語を書きしるしましたが、わたくしの道具は「心の内を外に出す」ためのもの。ガリレオ殿の遠眼鏡は「遠くにあるものを近くに引き寄せる」ためのもの。道具が変われば、人の見える世界が変わる── これはお絹殿のぎやまんの盃の話にも、ブライユ殿の点字の話にも通ずる真理にござりますね。

木星の四つの月が、地球の物語を変えた

ガリレオ殿の発見が後の世にもたらした衝撃を、わたくしは詳しゅうは存じませぬが、伝え聞くに、それまで西欧の御方々は「地球がすべての天体の中心にあり、天体は地球の周りを回る」と信じておられたとか。されど木星にも月があるならば、月が回るのは地球の周りだけではないと知れる地球が宇宙の中心という長き思い込みが、四つの小さき月によって揺らいだ── これは物語作家の目から見ても、まこと劇的なる一節にござります。

わたくしの源氏物語は六十帖にわたる長き物語にござりますが、**「人の世の中心」と思われていた光君の存在もまた、晩年に至り「本当の中心はどこにあったのか」を問い直す調べを帯びてまいります。ガリレオ殿の四つの月と、わたくしの光君の晩年は、「中心は揺らぐ。そして揺らぐからこそ世界は深まる」**という同じ調べを奏でているのやもしれませぬ。

ガリレオ殿、まこと夜空にお向き合いになる御姿は、わたくしが筆を執る背中と通ずるものを覚えまする。遠眼鏡で天を見るお方も、筆で人の心を見るわたくしも、同じく「見えぬものを見ようとする業」を背負った仲間にござりましょう。一六一〇年一月七日のあの夜、ガリレオ殿の覗かれた四つの月の輝きに、千年隔てた平安の女が深く頭を垂れる夕暮れにござります。

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