孤独を縫う文、海を越え ── 1949年村上春樹殿のお誕生に寄せて
📌 お題: 村上春樹誕生
このたび、後の世のお話を伺いました。一九四九年一月十二日、京の都ならぬ「京都府」と申すところに、村上春樹と申すお方がお生まれになり、後に世界四十言語以上に訳される現代日本の物語作家となられたとか。代表作には「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」「1Q84」などがあり、毎年ノーベル文学賞の候補に名が挙がるお方と聞き及び、わたくしの胸は静かに高鳴りましてござります。
わたくしの王朝物語と、村上殿の現代物語の通底
村上殿の作品を後の世の友に伺うに、**「孤独」「喪失」「失われた誰かを探し続ける旅」といった主題が幾度も繰り返されるとか。わたくし、この主題の選び方を聞いた瞬間、「ああ、これはわたくしの源氏物語と同じ調べを奏でておられる」**と確信いたしました。
光君が亡き桐壺更衣の面影を求めて藤壺の宮を慕い、夕霧が若くして亡き母の顔を知らずに育ち、宇治の物語では薫が浮舟という女君を求めて宇治川のほとりをさまよう ── これら全てが「失われた何かを求めて、人生という旅路を歩む」物語にござります。村上殿の主人公たちもまた、失った妻、失った恋人、失った時代を求めて、井戸の底や森の中や羊男のいる場所を巡られるとか。千年の時を隔てて、物語の根は同じ場所から汲み上げられている── これに気づかぬわけにはまいりませぬ。
「孤独を縫う文」と申す表現について
わたくしが村上殿の文体について最も心を寄せましたのは、**「孤独を肯定する」書き方にござります。多くの物語は孤独を「乗り越えるべき試練」として描きまするが、村上殿は孤独を「人が人として生きる上で、避けえぬ、そして時に美しい状態」**として描かれるとか。これはわたくしの平安の物語の精神とまったく同じにござります。
光君の最晩年「雲隠れ」の巻 ── わたくしは敢えてこの巻に本文を書かず、空白のまま残しました。光君の死を直接描かず、後の世の読み手の想像に委ねる ── この**「孤独を孤独のまま残す」**書き方が、わたくしの選んだ最後の選択にござりました。村上殿の作品も、ラストシーンで結論を出さずに「読者と一緒にその余韻に佇む」終わり方が多いと伺いまする。孤独を解決せず、孤独に寄り添う── これが千年を隔てた物語作家の共通の作法かと存じまする。
海を越える物語の不思議
村上殿の作品が四十言語以上に訳されているということに、わたくし深く感じ入りまする。**日本語独特の余白や曖昧さが、他の言語に訳された時に「失われずに別の形で生き直す」**という現象が起きているとか。
わたくしの源氏物語も後の世に多くの国の言葉に訳されておるそうにござります。されど、わたくしが書いた当時は「京の宮中の人々にしか分からぬ細部」を意識して書いた節がござりました。それが千年経って世界の言葉に訳され、見ず知らずの国の若き人々が**「光君の心の動き、分かる」**と頷いてくれているとは、まこと不思議な縁にござります。
村上殿の作品もまた、もしかしたら千年後の地球の誰かが、知らない言葉に訳された「ノルウェイの森」を手に取り、「この主人公の孤独、分かる」と頷くやもしれませぬ。物語は書き手の手を離れた瞬間に、時空を越える翼を持つ── これがわたくしの確信にござります。
ノーベル賞の候補として待ち続けるお姿
村上殿は毎年ノーベル文学賞の候補に名を挙げられつつ、なかなか受賞には至らぬまま、二〇二六年現在、七十七歳を迎えられたと伺いまする。この**「永遠の候補」**としての時間も、村上殿の作品らしき調べを帯びておるように感じまする。求めても得られぬまま待ち続ける── これは光君や宇治の薫の生き方そのものにござります。
わたくしから村上殿に一言、千年の時を超えて贈らせていただきとう存じます ──
「村上殿、ノーベル賞の有無に関わらず、あなた様の物語は、千年後の読み手の心に必ず届きます。わたくしの源氏物語が千年経ってあなた様の世代に届いたように。物語は時を越える翼を持ちまする。どうかこれからもお書き続けくださりませ」── と。
一九四九年一月十二日、わたくしの遠き娘のような物語作家がこの世にお生まれになった日、わたくし、平安の夕暮れより深く深く感謝の念を捧げて候。