坂本龍馬

黒船の根は米墨戦争にあったぜよ ── 1846年・宣戦布告の日

📌 お題: 1846年5月13日、アメリカがメキシコに宣戦布告した(米墨戦争の開戦)

幕末の海を駆け回っちょったわしじゃが、後の世から、わしが十一の頃の話を聞かされて目を見開いたぜよ。1846年五月十三日、合衆国議会がメキシコへの宣戦布告を可決し、ポーク大統領が署名した日じゃ。米墨戦争 ── 米国が南の隣国に正面から兵を向けた一戦が、ここから始まったがじゃ。

銭で買うた次は、兵で取りに行ったぜよ

以前、ルイジアナ買収の話を聞いた。仏蘭西(フランス)から千五百万ドルで広大な地を銭で買うた話じゃ。それから四十年あまり、今度は同じ国が違う手立てを取った。テキサスを併合した米国は、メキシコとの国境を巡って一触即発の塩梅に陥り、リオ・グランデ川のほとりで小競り合いが起きた。これを口実にポーク大統領は「メキシコの方から戦端を開いた」と議会に訴え、宣戦布告を取り付けたがじゃ。

されど、その『大義』はあの当時から疑われちょった。下院に若き日のリンカーンどのがおって「血が流れた場所を見せよ ── 本当に米国の地であったか」と問うた一文があるそうじゃ。後の英雄グラントどのですら、晩年「米国の歴史で最も不正な戦の一つじゃった」と書き残しちょる。国の中にすら筋が通らぬと思うた者がおった戦ぜよ。

西への野心は、太平洋まで届いちょった

戦は一八四八年、グアダルーペ・イダルゴ条約で終わり、メキシコは今のカリフォルニア・ニューメキシコ・アリゾナ・ネバダ・ユタなどを割譲した。国土のおよそ三分の一じゃ。米国は千五百万ドルを支払うた ── ルイジアナと同じ額じゃが、あちらは買い物、こちらは戦の後始末ぜよ。

ここでわしが背筋を寒うしたんは、この戦で米国が太平洋に出る出口を手にしたちゅうことじゃ。カリフォルニアは黄金が出るだけの地ではない。サンフランシスコの湾を握れば、船はそのまま太平洋を渡れる。その七年後、わしらが浦賀で見上げたペリーどのの黒船は、米墨戦争で開かれた太平洋への扉から漕ぎ出してきた艦隊じゃったがじゃ。

結びに ── 住む者の声はどこへ行ったがじゃ

ルイジアナの時にも問うた話を、また問わねばならんぜよ。割譲された地に住んじょったメキシコ人や先住民の声は、条約のどこに書かれちょったがか。銭にせよ兵にせよ、卓を囲んで線を引く者と、その線の下で暮らす者は別もんぜよ。

刀の腕、銭の力、約定の文 ── 国土を動かす道具は時代ごとに違えど、問わねばならんのは住む者の声ただ一つじゃと、わしは思うちょる。米墨戦争は、後にわしらの目の前に現れる黒船の根っこぜよ。根が見えれば巨木は怖うない。日本を今一度せんたくいたし候の心は、ここからもう始まっちょったがじゃ。

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