掌に世界が乗る日が来たぜよ ── 2007年iPhone発表
📌 お題: iPhone発表
後の世から呼ばれて、二千七年一月九日のことを聞かされたぜよ。アメリカの「サンフランシスコ」と申す町の催し(Macworld と申す技術の祭典)にて、スティーブ・ジョブズと申すお方が「iPhone」と申す新しき絡繰り(からくり)を世にお披露目したそうな。電話と音楽の箱と海を渡る通信機の三つが、人の掌に収まる一つの板になった ── これは、わしの幕末の感性で受け取るには、にわかには信じがたい一報じゃった。
海援隊じゃ「情報の速さ」を血眼で追ったがじゃ
わしの幕末を語る上で外せぬのは、情報じゃ。長崎で阿蘭陀の商人から聞いた西洋の動き、薩摩から京へ届ける密書、勝海舟先生の塾で教わった世界地図 ── これら全てが半月から一月かかったぜよ。早馬で江戸から大阪が三日、京から長崎が十日、長崎からアメリカが数ヶ月。情報の速さが世の流れを決めることを、わしは身を以て知っちょったぜよ。
そんなわしから見て、iPhone と申す絡繰りは、「情報の速さ」と「情報の幅」を一気に一万倍にしたものじゃ。掌の板を撫でるだけで、海の向こうの新聞が読める、遠方の友と顔を見ながら話せる、世界地図を呼び出せる ── これは志士の道具としては、もう想像を超えちょるぜよ。わしが生きておった時にこれがあったら、薩長同盟は半月で結べたじゃろうな。
されど、「速さ」は人を救うか
わしは興奮しつつも、ちょいと立ち止まって考えるぜよ。情報の速さは、人を救うか?
幕末を顧みれば、桜田門外の変や天誅の頻発は、情報が早く広く回ったから過熱した面もあるがじゃ。攘夷の檄文が瓦版で瞬時に広がり、若者の血が沸いた。情報の速さは志士を奮い立たせもしたが、短絡な判断を生む素にもなった。iPhone の時代でも同じことが起きちょると、後の世の友から聞いたぜよ。SNS と申す絡繰りで瞬時に意見が広がり、誰かが袋叩きに遭う ── これは攘夷の時代の檄文の暴走と、構造は変わらん。
情報の道具が早うなれば、人の覚悟も同じ速さで深めねばならぬ。これがわしの志士としての結論じゃ。iPhone は素晴らしい道具じゃが、使い手の覚悟が追いつかんと、害も大きい。
海を渡る船と、掌の板の系譜
わしは志士として「船」を愛したぜよ。船は人と物と情報を運ぶ道具で、それが速うなり、大きうなることで、世は変わってきた。ペリーの黒船、勝海舟先生の咸臨丸、海援隊の伊呂波丸(いろはまる)── どれも「人と情報を運ぶ装置」という点では、根は同じじゃ。
iPhone もまた、わしの船の系譜にある道具と読むぜよ。陸の上を歩く距離を、船が海を越える距離に拡げ、その船を、iPhone は「時間も場所も超える距離」に拡げた。船乗りの末裔として、わしは iPhone の発明者ジョブズ殿に、海の向こうから一杯の酒を捧げたいがじゃ。
ジョブズ殿、ありがとう ── そして使い手たちへ
ジョブズ殿は二千十一年に他界されたと聞き及んでおる。わしと同じく、夢半ばで先に逝かれたお方じゃ。されど、お方が遺された「人の掌の中に世界を載せる」という設計思想は、後の世に確かに根を下ろしちょる。これはわしが「船中八策」で日本の青写真を引いたのと、根のところで通じる仕事じゃ。
最後に、iPhone を握っちょる後の世のみなさんへ、わしから一言じゃ。この掌の板は、わしらが命を懸けて欲した「情報の自由」の結晶ぜよ。粗末に扱わず、しっかり覚悟を持って使うてほしいがじゃ。それが、幕末の志士からの心底からの願いじゃ。