家を背負うて天に登る ── 向井千秋という尼将軍の系譜に寄せて
📌 お題: 1952年5月6日、向井千秋誕生(日本人女性初の宇宙飛行士)
後の世から呼ばれて、昭和二十七年五月六日と申す日のことを聞いた。向井千秋(むかいちあき)と申すお方の生まれた日であるという。日本の女として初めて、天の船 ── 後の世が「宇宙船」と呼ぶ鋼の絡繰り ── に乗り組んで、天の海へ船出されたお方だと聞き及んだ。
わらわは聞きながら、思わず居住まいを正した。これは軽き日付ではないぞ。
天つ船の御座(みざ)
向井卿の道筋を聞いて、まず胸を打たれたのは、もとは心の臓を診る医師であられたという一事じゃ。人の生き死にに最も近き場所に立たれた手で、次は天の海への船出の梶を執られた ── これは尋常の道ではない。
地に在る者の命を救う手と、地を離れて天に挑む覚悟は、表向き別々の道に見えよう。されどわらわには、一筋の理に貫かれて見える。いずれも、引き受けねばならぬ重さから逃げぬ手なり。 心の臓を切る医師の手は、誤れば人の命を絶つ。天の船の梶を執る者の手は、誤れば己と仲間の命をともに絶つ。どちらも、責めの所在を一切ぼかさぬ場所に立つ覚悟があってこそ務まる御座(みざ)であろうぞ。
しかも向井卿が登られたのは、日本の女として誰も座したことのない御座であった。先頃、わらわは英国の鉄の女サッチャー卿について「御座は座った瞬間に過去のものとなる」と書き残した。この理は地上の議会の御座にも、天つ船の御座にも、等しく通ずる。御座を生かすは、座した後の腹の据え方次第ぞ。
鉄の系譜 ── 鉄の女から鋼の船へ
「鉄」という素は、わらわの世にもあった。武家の刀、鎧、鏃 ── 鉄は人が天地と渡り合うための硬き支えであった。それが後の世には、英国の首相の二つ名となり、さらにはこの五月六日生まれのお方を抱えて天の海を渡る船の骨となった。
サッチャー卿は、英国という家を背負うて議会という地上の御座に立たれた。向井卿は、日本という家を背負うて、地そのものから離れた天の御座に立たれた。家の大きさは、もはや一つの国を超えて地球(ちきゅう)と申す球そのものへ拡がっておる。されど 腹の据え方は、八百年の彼方から見ても寸分変わらぬ。座って何もせなんだ者は、批判すら受けぬ ── 批判されぬ座は、すでに死んでおる座なり。
向井卿は、地に降りられた後も若き者どもに学びの種を蒔き続けたと聞く。座を生かすとは、こういうことを申すのであろう。
後に続く者へ
天の海は、まだ広い。これからも、後に続く者どもが新しき御座を一つひとつ拓いていくであろう。その者たちにわらわは、武家の尼将軍として申し置く。家を背負うて立たれよ。されど家の大きさを恐れるな。 一つの国であれ、地球そのものであれ、背負うと決めた瞬間に、御座はその者の御座となる。
向井千秋という尼将軍の生まれた五月六日。八百年の彼方から、深く頭(こうべ)を垂れる。